経過報告
夕暮れ時に声を掛けられ、俺はダイニングへと向かった。テーブルは料理が並べられ、既にアリス、グレーテル、ペローナが座って待っていた。
俺は椅子を引きながら、ペローナへと視線を向ける。彼女がここに居る事は問題無い。今日はアリスの様子を見て貰っていたし、一緒に食べると聞いていたしな。
ただ、手前の料理が問題だった。何故かペローナの分だけ、三人前は用意されている。
「あはは……。お昼に二人前用意したら、足りないって言われちゃってさ……」
「この程度は造作も無い事だ。私にとっては余裕で食べきれる量だからな」
乾いた笑いを浮かべるグレーテル。そして、胸を張って告げるペローナ。アリスもそんな二人を、戸惑った様子で眺めていた。
ペローナが大喰らいなのは知っている。しかし、小腹が空いたと良く何かを口にしている印象だった。
ここまでのドカ食いは余り見ない光景だ。それ程までに、グレーテルの料理を気に入ったと言う事だろう。
とはいえ、ペローナはスレンダーな体形をしている。この量がどこに入るのかと目を疑ってしまうレベルだ。
これも魔力の器に関係しているのだろうか? いずれ、暇があれば研究してみるか……。
「まあ、良い。それよりもアリスの調子はどうだった?」
俺は椅子に腰かけ、グレーテルへ問う。彼女はニカッと笑みを浮かべて問いに答える。
「もうバッチリだったよ! 無理してる様子も無いし、健康そのものって感じ!」
「ふむ、そうか……」
アリスへと視線を向けると、彼女はコクコクと頷いていた。彼女自身も何ら違和感を持っていないらしい。
アリスは自分の事になると、不調を隠す可能性がある。しかし、グレーテルが言うなら大丈夫だろう。こいつは何だかんだと、良くアリスを見ているからな。
俺はフォークを手に取り、料理を口へと運ぶ。そして、眼鏡を通してアリスの魔力状態を確認する。
やはりと言うべきか、魔力の流れは安定している。増えた魔力量に関しても、特に増減した様子は見られなかった。
「ならば明日は魔法を使えるか確認する。アリス、魔法は使えそうか?」
「あっ、はい! 何となくですが、魔法の使い方は覚えていそうです!」
ここはペローナの証言通り。アリスは俺が教えてもいないのに、魔法の使い方がわかるらしい。
俺であっても、見ただけで覚える何て真似は出来ない。誰かに師事して教わるか、魔導書を手に入れるでもなければ、通常は有り得ない事なのにだ……。
「どの程度の力量かは、明日この目で確認しよう。それでペローナはどうする?」
「当然ながら共に確認する。私はアリスの仲間だしな。出来る事は何でもするぞ」
こいつは愚直で嘘を付ける奴でもない。本気でアリスを仲間と認め、何でもする気なのである。正直、ここまで懐くとは思っていなかった。
ペローナはハインリヒも仲間と認めていた。しかし、何でもするとまでは言わなかった。奴に対しては無理の無い範囲なら手伝う、といったスタンスだったはずだ。
アリスへの害意は既に無い。そう断言しても問題無いだろう。この調子なら、パーティーとしても上手く連携して行けそうだ。
俺は料理を咀嚼しながら思考に没頭する。すると、ペローナの視線がふっとグレーテルに向けられた。
「食べ終わったら日が暮れているだろう? 店まで私が送り届けよう」
「え、良いの? ペローナさんが一緒だと、とっても安心できるよ!」
ぱっと笑顔になるグレーテル。それに対して満足げに頷くペローナ。そのやり取りに、俺は食事の手を止めた。
自主的にペローナが提案したのにも驚いた。彼女がこれ程までに、他人に関心を持つのが珍しかったからだ。
それと同時に、グレーテルの身の安全は俺の懸念事項だった。それが一瞬で解決するとなり、俺は悪くない手だと思ってしまったのだ。
ペローナは俺に次いでこの街での実力者だ。そんな彼女がアリスやグレーテルを守るなら、これほどまでに都合の良い展開は無い。
「ペローナ。いっそ、ここに住むか?」
「――はっ……? ここに、住む……?」
二階の部屋なら空きがあるし、アリスとも共同生活を送っている。ペローナは俺の邪魔をする奴じゃないし、それも有りかと思って口にした。
しかし、ペローナは勢い良く立ち上がると、身を震わせながら俺へと鋭い視線を向けた。
「そ、それは同じ屋根の下に? 共同生活を送ると言う意味で? ――いや、もしかしたら! 庭に犬小屋を用意する気かも……!」
「愚かな発言をするな。二階の空き部屋を使って良いと言っているのだ」
どうして仲間を庭で飼わねばならんのだ。ここまでの愚かな発言もそうは無いだろう。
そう思ったところで、グレーテルが勢い良く叫び出した。
「ちょっと待って! それって私も頼めば、部屋を用意して貰えるのかな!」
「愚かだぞ、グレーテル。お前はすぐ近くに、帰るべき家があるだろうが?」
興奮した様子で騒ぎ出す、グレーテルにペローナ。俺は余計は一言を発した、自分の愚かさに猛省する。
こいつらの考えは良くわからなのだ。余り距離を詰めるべきではない。一定の距離を保つのが賢い選択のはずなのだ。
ただ、アリスはこの光景を見て、嬉しそうにニコニコ笑っていた。その笑顔を見たら、俺は何だか全てがどうでも良く思えて来るのだった。




