和解
ペローナから語られる過去に、俺は少なからず動揺していた。俺の持つ彼女への印象が、反転したと言っても過言ではない。
いつも口数が少なく、静かに側に居るだけの存在。何を考えているか不明な、気まぐれな猫の様な女だと思っていたのだ。
しかし、むしろペローナの中身は真逆。俺が思う以上に恩義を感じ、その恩義を返そうとする忠犬。そんな印象に書き換えられた。
「私もわかっている。カッとなって、殺そうとした事はやり過ぎだった。けれど、グリムの側に居られる事は、私の生きる全てだったんだ……」
ペローナはバツが悪そうに俯いていた。居心地が悪そうに肩を狭めている。
それはそうだろう。ペローナはつい先ほど、アリスをダンジョンで殺そうとしたのだからな。
「そして、虫が良い話だとはわかっている。けれど、私を許してくれないだろうか? 再びグリムとパーティーを組めるなら、私はなんだってする。どうか、この通りだ!」
ペローナは勢いよく頭を下げる。自らの誠意を示す様に、その姿勢でアリスの言葉を待った。
もしここで、アリスが許さないと言えば、それで俺とペローナは二度とパーティーを組めなくなる。
その為、ペローナは何としても許しを得たい。だからこそ、アリスに問われるまま、自らの過去を全て語った。
アリスはどう判断を下すのか。俺が静かに見守っていると、アリスは肩を震わせながら口を開いた。
「そんなの……。そんなのって……。許すしかないじゃないですかっ……!!!」
アリスは叫ぶと同時に、涙を流して嗚咽を漏らす。ペローナはそんなアリスの反応に、驚いて顔を跳ね上げた。
「ぐすっ……。あんまりですよ……。生まれてからずっと、同族からも迫害されてたなんて……。ひっく……。仲間と思ってた人間からも追放されて……。神様には人の心が無いんですか……」
ベッドに横たわり、泣き続けるアリス。そんな彼女の言葉に、ペローナは苦笑を浮かべて呟いた。
「そう、だな……。きっと私は哀れな女なのだろう。だが、同情でも構わないから……」
「――違います! 哀れでも無ければ、同情でもありません!」
言葉を遮られ、ペローナは目を見開いて固まる。すると、アリスは痛みを堪えながら、這うようにしてペローナの手を掴んだ。
「そんな環境でも這い上がって、戦い続けて、自分の居場所を勝ち取ったんです! わたしはペローナさんを尊敬します! わたしなんて与えられてばかりで、まだ何もお返し出来ていないのにっ!」
「――そうか。お前も……」
ペローナはハッとした表情を浮かべていた。アリスの言葉から、何かを察したみたいだった。
アリスも奴隷となり、虐待された過去を持つ。恐らくは、その辺りの逆境を察したのだろう。
「許すなんて烏滸がましいです! わたしの方からお願いします! どうか、わたしとも仲間になって下さい! 一緒にパーティーを組んで、共にグリム様の力になりましょう!」
「……ありがとう、アリス。私を仲間と認めてくれて」
アリスの言葉に、ペローナは嬉しそうに微笑む。どうやらペローナの方も、アリスに対して心を許したらしい。
そして、アリスは無理をしてベッドを這う。まだ、動ける状態では無いはずなのに、それでもペローナに抱き着いて泣き続けた。
「一先ずは和解が成立か……」
如何に温厚なアリスと言えど、今回は許すと思って居なかった。一度は自らを殺そうとした相手なのだ。普通に考えれば信用出来るはずが無い。
しかし、同じ獣人であり、同じ逆境を知る者どうし。共感できる部分があったお陰で、アリスも許すという選択を取れたらしい。
――普段の俺なら、愚かな選択と嗤う所だ……。
愚かな人々は反省をしない。同じ過ちを繰り返す。謝罪を受け入れる何て考えられない。
けれど、今の俺は目の前の光景を嗤う気になれなかった。これが愚かな選択とは思えなかったのだ。
この光景が嘘であって欲しくない。嘘にしたくないと言う思いが沸き上がって来る。俺の心が何かを求める様に……。
「いや、何を愚かな……」
そう、これは俺がペローナを手放したく無いから。ペローナは俺にとっても優秀な道具だ。それを手放さずに済んで喜んでいるに過ぎない。
俺は感情に流される愚か者ではない。実利を計算して、合理的な判断を行える賢者なのである。
そう考える事で、俺の思考が冷静さを取り戻す。落ち着かなかった心が、落ち着きを取り戻し始めた。
「……おい、アリス。お前は重症なのだ。大人しく寝ていろ」
「は、はい! わかりました、グリム様!」
俺の言葉にアリスが慌てて体を離す。そして、痛みを思い出したらしく、苦痛に顔を歪め始めた。
魔力回路の負傷は、自然回復を待つしかない。肉体的な痛みでは無いので、魔法でそれを麻痺させる事も出来ない。
俺はアリスの肩に手を置き、睡眠の魔法を彼女に掛ける。ストンと眠りに落ちた彼女を、俺はそっとベッドに横たえてやった。




