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ペローナの過去:中編(ペローナ視点)

 私の前に現れた、美しい銀髪の青年。グリムは私に対して取引を持ち掛けてきた。


「俺と取引しないか? 研究に協力するなら、お前の身を守ってやろう」


 高圧的な態度ではある。けれど、取引と言う以上は、一方的に要求される訳では無いのだろう。


 これまでは獣人とバレただけで、どこでも追い出された。それを考えれば、まだ彼の話には聞く耳を貸す価値があると思ったんだ。


「……研究ってなに? 私に何をさせるつもり?」


「お前は珍しくも闇の魔力を持っている。それを使いこなす研究だ」


 グリムは眼鏡をくいっと押し上げる。そして、私に対して好奇の眼差しを向けていた。


 ただ、それはこれまでみたいな蔑む視線ではない。私に対して忌避感を感じている気配はなかった。


「……闇の魔力? 何のことを言っているの?」


 私には思い当たる節が無かった。私が知っているのは土の魔力を持たないと言うこと。そして、狼人族なら使える、身体強化の魔法が使えないと言う事である。


 けれど、彼はニヤリと笑うと、私を指さしてこう告げた。


「無自覚なのか? 今も使っているだろう。『姿隠し』の魔法を」


「『姿隠し』の魔法……?」


 グリムの言葉には確信があった。自信をもって断言されたので、私はそうなんだとすぐに信じた。


 思えば私は昔から、周囲から無視される事が多かった。それは異端な姿だったので、差別されての事と考えていた。


 けれど、人里に出て違うのではと思う場面が多かった。私が声をかけると、初めて気づいたみたいにビックリされる事が多かったから……。


「よし、まずはそれも含めて交渉と行こう。こちらに来い。飯くらいは奢ってやる」


「えっ……? ちょっと……」


 グリムはそれが決定事項と言わんばかりに、一人で冒険者ギルドへと入って言った。私は無視する訳にもいかず、恐る恐る彼の後を追った。


 すると彼は既に、酒場のテーブルに腰かけていた。そして、早く来いと言わんばかりに、顎をしゃくって私を呼んでいた。


「し、失礼します……」


 冒険者ギルドには仕事を求めて何度も来た。けれど、併設の酒場は場違いで、一度も立ち寄った事がない。


 汚い身なりで嫌な視線を向けられるし、何よりも高くて注文が出来ない。ここの食事の値段は、私の稼ぎの何日分にもなってしまうからだ。


「おい、店員! 適当に飲み物と料理を用意しろ! アルコールは出すなよ? アレは馬鹿が飲む、飲み物だからな!」


 グリムは一方的に店員さんに注文する。注文を受けた女性は、顔を引きつらせながらも何とか対応していた。


 そして、周囲の冒険者がグリムをギロリと睨む。けれど、彼はそんな視線は無視して、私に対して話しかけてきた。


「その様子では魔法を使いこなせていまい? そのフードの中身を、自在に見えなくしたくないか?」


「――っ……?!」


 私が被る真っ赤なフード。その下にあるのは獣の耳だ。それが周囲に見えなくなるなら、私が獣人とバレる可能性は大きく下がる。


 グリムの問いかけに私は小さく頷く。すると、彼はニヤリと笑って身を乗り出した。


「これは利害の一致と言うやつだ。お前は俺から魔法を学ぶ。そして、お前は俺の指示に従い、俺の役に立つ。俺はお前に何かを施すのでは無い。これは対等な取引だ。――わかるな?」


 甘い言葉で騙すでも無い。獣人だからと見下す訳でもない。グリムは私に対等である事を求めていた。


 私は泣きそうになるのを必死で堪える。母以外の人に、初めて人として扱われた事が嬉しくて仕方なかった。


「良いか? 俺はお前の親でも、師匠でも無い。無条件にお前を守ったりはしない。俺の役に立て。そうすれば、それに見合った対価は必ず支払ってやる」


 そもそも、私は仕事を選べる立場にない。何の能力も無いし、獣人である事を隠す必要もある。


 働いても約束の報酬を貰えない事すらあった。そんな私に対して、彼は必ず報酬を払うと念押ししていた。


「とはいえ、それだけではやる気も出まい? 愚民共はすぐに楽を求める。最低限の仕事をして、すぐに手を抜こうとする。だから、お前には希望と言うものを用意してやろう」


「希望……?」


「三年間、反論せずに俺の指示に従え。そうすれば、お前を上級の冒険者にしてやろう。その後であれば、俺の元を離れても構わん。その頃には周囲の皆が頭を下げ、お前に仕事を頼む状況になっているだろう」


 冒険者と言えば、街では花形の仕事だ。中級以上はお金に困らず、上級ともなれば貴族や権力者からも囲われるらしい。


 私がそんな上級冒険者になれるのだろうか? たったの三年間で、そこまで私は変われるんだろうか?


「ふむ、食事が来たな。今日は契約が成立した祝いだ。好きなだけ食い、好きなだけ飲むが良い。お前にはその分の働きを要求させて貰うがな!」


 テーブルに並べられた熱々の料理。美味しそうな匂いに、思わず涎が垂れてしまう。


 私は置かれたフォークを肉に刺す。そして、拾い物でも食べ残しでも無い、久しぶりの人らしい食事を口にした。


 私はただひたすらに目の前の料理に手を伸ばす。流れる涙は堪える事が出来なかった。


 これが夢なら覚めないで欲しい。そう願いながら、私はこの幸運を噛みしめ続けた。

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