ペローナの過去:前編(ペローナ視点)
私は狼人族。狼の特徴を持つ獣人だ。住んでいた森の中では、頂点として君臨する種族だった。
狼人族は生まれながらの狩人。高い身体能力を持ち、大地の魔力で身体能力を更に高める。
森の中には強大な魔物も存在した。しかし、狼人族は群れで狩りを行う。群れた狼人族にはどんな魔物も敵わず、あらゆる種族が狼人族の庇護下に入っていた。
そんな森の王者である狼人族には一つの特徴があった。全ての狼人族は土の魔力を持つ。そして、白銀の毛並みを持っているのだ。
そんな狼人族の中で、私は土の魔力を持たず、黒い毛並みの赤子として生まれた。
「ねえ、ママ。どうして私の髪は黒いの?」
「さあねぇ? ママにもわからないわ……」
幼い頃に母に尋ねた。母は悲しそうな顔で、そう答えたのを覚えている。
ただ、私の母は私が十歳になる前に、森で魔物に殺されたのだ。一人で狩りに出ていたせいだ。
母は私が原因で村で迫害を受けていた。そのせいで父からも見放され、群れでの狩りにも加われ無かったのだ。
そして、十歳から十三歳までは地獄の生活だった。守ってくれた母はおらず、周囲からは徹底的に避けられた。
父から食べ残しを恵まれ、何とか死ぬ事は無かった。それでも私は家に引きこもり、惨めな思いで過ごし続けた。
「ペローナ。お前も十三歳だな? なら、そろそろ狩りに出ろ」
「え……?」
十三歳となった私に、父がそう言い放った。そして、森の中で動物の狩り方を教わった。
しかし、そこで私は現実を見せつけられた。私は狼人族の特徴を引き継いでいない。強い肉体も持たず、身体強化の魔法も使えなかったのだ。
「チッ、ここまで使えないとは……」
「ご、ごめんなさい……」
足を引っ張る私では、群れの狩りにも加われ無い。一人で狩るにも力が無さ過ぎる。
かといって、この容姿のせいで番も望めない。私には狼人族として生きる術が無かったのだ。
「ペローナ、森を出ろ。この森でお前は生きて行けない」
「はい、わかりました……」
父にそう告げられ、私は群れから追放された。私は生まれ故郷から出て行くしかなかった。
そして、こんな未来を予想していたのだろう。母が赤いフードとマントを残してくれていた。
私はそれを身に着け人里に降りた。獣人である事を隠して、人間に紛れて生きて行く事になった。
森で生きて行けない私には、それ以外の選択肢が無かったのだ。それがどれ程難しい生き方だとは、その時の私には理解出来ていなかった……。
「仕事が欲しい? なら冒険者ギルドに行きな。お前さんでも食べる事だけは出来るだろうさ」
「ああ、身寄りの無い方ですね。簡単な雑用でしたらご紹介出来ますよ?」
私はごみ拾いなんかの簡単な仕事で食い繋いだ。確かに食べれるだけのお金は貰えた。宿なんて取れないから、橋の下等で雨風を凌いで眠る日々だったが。
ただ、同じ境遇の人達は多くいた。彼らと身を寄せ合う事で、寝込みを襲われたり、誘拐される何て事は無かった。私にとって初めて出来た仲間だった。
――けれど、それすら私の幻想だった……。
「おい、こいつ獣の耳があるぞ!」
「獣人が紛れ込んでた! 俺達を騙したな!」
ある時、フードの下を見られた。それによって、私は彼らから裏切り者として追い出された。
一年以上を共に暮らしたのに。仲間だと思っていたのに、私は人間では無いと追放された。
私は泣きながら街を出た。この場所にはもう、私の居場所は無いんだと知ってしまったのだ。
私は身を隠して放浪した。食べれる物は何でも拾って食べ。時には静かな森で、時には町はずれの廃墟で、居場所を探して歩き続けた。
その時の私には、この赤いフードだけが心の拠り所だった。母の想いが私を守ってくれている。そう信じて、獣である事を隠して生き続けていた。
けれど、そんな私の前に、運命の人物が現れたんだ。
「おい、お前。獣人だろう?」
「――っ……?!」
その出会いは、私がこのアンデルセンに来た直後。日銭を稼ごうと冒険者ギルドに立ち寄った時だった。
冒険者ギルドに入ろうとした所で、背後から声を掛けられた。私は血の気が引くのを感じながら、ゆっくりと背後へと振り返った。
「えっ……?」
そこに立っていた人物は、私と同い年の若い青年。そして、狼人族と同じく、白銀の美しい髪を持つ人物だった。
私がその白銀の髪に見惚れていると、彼はニヤリと笑ってこう告げた。
「俺と取引しないか? 研究に協力するなら、お前の身を守ってやろう」
「と、取引……?」
これが私とグリムとの出会い。私が本当の居場所を得る、始まりの物語だった。




