魔弾の射手(アリス視点)
黒髪の女性による銃撃が続きます。二丁の拳銃を交互に放ち、回避は出来ても距離が詰められません。
相手はわたしを子供と侮ったりしません。確実に殺すのだと、静かな殺意を私に向け続けていました。
「このままじゃ不味い……」
女性の顔に焦りはありません。疲れる様子も、弾切れの気配も感じられません。
けれど、こちらの体力は有限です。そして何よりも、わたしの集中力が長く保てません。
回避に全集中力を注いでるからこそ、わたしは今も立っていられます。しかし、集中力が途切れれば、彼女がその隙を逃すはずがありません……。
「考えないと……。何か手は無いの……?」
わたしは彼女に近付けません。だから彼女は無理をせず、確実にわたしの体力を削り続けています。
そして、わたしは今のままでは確実に殺されます。この状況を変えるには、多少の無理をする必要があるのです。
一撃を貰うのを覚悟で、距離を詰めるべきでしょうか? 一か八かになりますが、渾身の一撃で彼女を行動不能に追い込む……。
――いや、ダメです……。
わたしの本能が告げています。あの魔力の弾丸は普通じゃありません。あの黒い魔弾からは、とても嫌な気配が感じられるのです。
回避した弾は壁に当たって弾けています。その壁には傷一つ無く、一見すれば何のダメージも無い様に見えてしまいます。
それなのに、私の本能が最大限に警鐘を鳴らしているのです。あの魔弾に当たれば、それで全てが終わると言うかの様に……。
「魔弾……。魔力の塊……?」
わたしはふと思い出します。グリム様から教えて頂いた、魔物の特性について。
『そして、魔物の弱点も覚えておけ。魔物の体は魔力で構成されている。その特性上、魔力を帯びた攻撃に弱い』
――魔力で構成されたものは、魔力を帯びた攻撃に弱い……。
あの魔弾も魔力で構成されている。ならば、魔力を帯びた攻撃に弱いと言えないでしょうか?
グリム様より与えられた魔力剣。この短剣であれば、あの魔弾を切り裂けるのでは……?
――うん、行ける。わたしの本能が行けると告げている!
彼女の拳銃が魔力を圧縮する。これまでは避けろと告げた本能が、わたしに前へ出ろと告げていた。
「――ショック!」
「――なっ……?!」
雷を帯びた短剣を前に出し、私は全力で跳躍しました。ブーツによる脚力強化に『加速』の効果も乗っています。
わたしの短剣は黒い魔弾を突き刺します。すると、魔弾は弾けて霧散しました。わたしには何のダメージもありません。
「痺れて下さい!」
わたしは勢いを殺さず、女性へとの距離を詰めます。彼女の肩に目掛けて、雷の短剣を突き刺そうとします。
けれど、彼女は攻撃を躱そうと右側へと体を逸らしました。わたしはそれを逃すまいと、攻撃の軌道を右へと修正します。
――違う! そっちじゃない!
「えっ……?」
わたしの本能が警鐘を鳴らしました。わたしが致命的なミスを犯したのだと告げています。
そして、その理由はすぐに判明します。わたしの短剣が彼女に突き刺さった時、その体がゆらりと揺らいで消えてしまたったのです。
「私を侮ったな!」
――ズドン……!!!
「あうっ……!」
私の左腕に衝撃が走ります。混乱しながら視線を向けると、消えたはずの彼女がそこに立っていたのです。
私は衝撃で吹き飛び、地面に転がります。けれど、致命的なダメージではありません。わたしは急いで起き上がろうと、地面に手を付きます。
――カクン……
「えっ……?」
体に力が入らず、わたしは起き上がれません。腕にも足にも力が入らず、まったく身動きが取れないのです。
何が起きたかわからない。そんな混乱の中で、銃口を向けた彼女が私にニヤリと笑いかけました。
「闇魔法について教わらなかったか? それが貴様の敗因だ」
「や、闇魔法……?」
彼女の放つ黒い弾丸。あれが闇魔法だったのでしょうか? そして、その魔法によって、わたしの体は動かなくなった?
確かにわたしは闇魔法を知りません。グリム様に教わったのは風属性の魔法だけだからです。
確かに彼女の言う事は正しい。けれど、だからこそ、わたしには違和感がありました。
「教わらなかったって……。グリム様の事を言っているんですか?」
「……グリムから、私の事も教わっていなかったか」
彼女は何故だか悔しそうに歯嚙みしています。そして、わたしへ向ける視線は憎しみが増します。
彼女は自らの頭にそっと触れます。すると、彼女の頭に変化が起きました。
「最後に教えてやる。私の名はペローナ。『黄金宝珠』のペローナだ!」
「ペローナさん……。それって、もしかして……」
『黄金宝珠』とはグリム様が元居たパーティー。私が買われる原因となった、グリム様を追放したパーティーの名です。
けれど、今のわたしはその事実よりも、別の衝撃に目を見開きます。彼女が触れた頭部には、急に獣の耳が生えて来たからです。
グリム様の元仲間であるペローナさん。その彼女が獣人だと言う事実に、わたしは只ひたすらに混乱するのでした。




