応援(グレーテル視点)
私はアリスちゃんと台所に並び、二人仲良く夕食の準備を行う。食材は二人がダンジョンに行ってる間に、私が買っておいたものである。
なお、食材等の代金は、グリムさんから前払いで貰っている。この辺りを後払いにしないのがグリムさんらしい。借りを作るのをとにかく嫌うからね。
そして、アリスちゃんの教育費も兼ねてと、更なるボーナスまで頂きました。魔晶石を使用したブーツとブレスレットである。
革のブーツは魔晶石が見えない工夫がされている。なので普段使いでも問題無い。周囲に高価な魔道具とバレると、変なのが寄って来るかもしれないからね。
けれど、ブレスレットは銀色の素材に、小さな魔晶石が埋め込まれている。こちらは隠しようが無いので、外出時は外す必要がある。グリムさんの家の中では付けてるけどね!
私はチラチラとブレスレットを眺めつつ、アリスちゃんにも注意を払う。今はアリスちゃんが包丁で野菜をカットしている所なのだ。
「うんうん、上手い美味い! アリスちゃんは上達が早いね♪」
「ありがとう御座います! 全てグレーテルさんのお陰です!」
アリスちゃんは額に汗かき、真剣な眼差しで包丁に集中している。それでも律義に、私の言葉には返事をくれた。
実際の所、力み気味ではあるけど基礎は出来ている。教えた事は忠実に守り、手つきについても慣れを感じさせる。
真面目な話、本当に上達が早い。私の指導があるとは言え、こんなに早く基礎を身に着けるとは思っていなかった。
私の時は独学とは言え、こんな短期間では上達していない。この上達速度は、アリスちゃんの才能故なのだろうか?
――いや、そうじゃないな……。
貪欲に学ぼうとするアリスちゃんの姿勢。それに伴う集中力が図抜けているんだ。
一言一句逃すまいと集中し、わからない事をすぐに質問する。そして、学んだ事はいつも脳内で反復している。
アリスちゃんの学習速度は才能なんかじゃない。全て努力の賜物なのである。グリムさんの役に立ちたいという、その想いの現れなのである。
――そう思うと、少し悔しいな……。
私がグリムさんの為にと花嫁修業をした時。ここまで全身全霊で頑張っていただろうか?
努力をしていなかったと言うつもりはない。けれど、今のアリスちゃんと同じ熱量は無かったはずだ。
グリムさんのお嫁さんに成れたら良いな。そんな浮ついた、軽い気持ちがどこかにあった……。
――これは勝負にならないな……。
そう思った自分の考えに驚く。未だに私はグリムさんへの未練が残っていたらしい。もうとっくに、諦めていると思っていたのにね。
ただ、アリスちゃんなら構わない。グリムさんの隣にいるのが彼女なら。グリムさんがそれで幸せになるのなら。
少しでも命の恩人への恩返しになるのなら、私はこの二人の事を応援したいって思えるんだ……。
「――グレーテルさん、どうでしょうか?」
「うぇっ……! うん、凄く良い感じだね!」
どもった私にアリスちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。けれど、すぐに嬉しそうな笑みへと変わった。
私に対する信頼が感じられる。私のことが大好きって気持ちが滲み出ている。こんな健気な子を、好きにならない訳がないよ……。
――ぎゅっ……。
「グ、グレーテルさん……?」
背後から抱きしめる私に、アリスちゃんが慌てた様子を見せる。けれど、私は心の蓋が外れたみたいに、その質問を口にしてしまう。
「ねえ、アリスちゃん。グリムさんの事は好き?」
「勿論! グリム様はわたしの生きる意味です!」
アリスちゃんは元気いっぱいに答える。横目に見えた表情は満面の笑みであった。
ただ、きっとそれは恋愛感情では無いのだろう。グリムさんも、アリスちゃんも、今の二人にはそんな感情は芽生えていない。
けれど、私は二人に一緒になって貰いたい。それがどんなに困難だとしても、きっとそれが二人の幸せになると思うから。
「……ああ、もう! アリスちゃん可愛い! 大好き!」
「嬉しいです。わたしもグレーテルさんが大好きですよ」
私の頬ずりに、アリスちゃんは嬉しそうに笑う。くすぐったそうだけど、嬉しそうに受け入れてくれていた。
この子の境遇は知っている。これまでの苦労も、これから待つであろう苦境も……。
だけど、それでも幸せになって欲しい。私が望んだ幸せを、私に代わって叶えて欲しい。
「うん、アリスちゃん成分は補充した。それじゃあ料理を再開しましょうか?」
「アリスちゃん成分って何ですか? もう、お姉ちゃんは相変わらずですね!」
おかしそうに笑うアリスちゃん。その笑顔を見ていると、それだけで私は幸せな気持ちとなる。
こんな幸せが、これからもずっと続きます様に。私はそう願わずにいられなかった……。




