求道者(アリス視点)
ダンジョンに入るのは今日で二回目です。わたしは魔物と戦うはずなのに、不思議と不安も恐怖も感じていませんでした。
ただ、その理由は何となくわかります。私のすぐ近くにグリム様がいらっしゃるからです。
常に冷静に周囲を確認し、問題が起きない様に取り計らってくれているのです。グリム様がいらっしゃるのに、わたしが不安に思うなんて不敬でしかありません。
グリム様が大丈夫と言うなら、わたしはそれを信じるのみ。それこそが、わたしがここに居られる理由なのですから。
「この先にオークが居る。まずは好きにやってみろ」
「はい、かしこまりました!」
グリム様がやれと言うなら、わたしはそれに従うのみ。それを成す手段ならば、グリム様がこれまでご用意下さっています。
私の体も魔道具も、戦う為に整えられたもの。倒す為の武器ならば、既に私の手の中にある。
――いえ、それだけで良いの……?
グリム様の目的はダンジョンの攻略。けれど、わたしが足を引っ張っているから、未だにこんな所で時間を使わせてしまっている。
言われた通りにすれば、いずれは目的を達成されるでしょう。グリム様ならば、それを難なくやってのけるはずです。
けれど、わたしがノロマなままでは、グリム様が余計な時間を使ってしまう。グリム様の貴重な時間を、わたしが奪ってしまうことになる。
――嫌だ……。それは、凄く嫌だ……!
わたしの命を救って下さった御方。わたしに生きる意味を与えて下さった御方。
グリム様の役に立つ事がわたしの全て。使えない道具のままでは、グリム様のお側に仕える意味が無い。
いや、いずれ捨てられるかもしれない。わたしは今のままでは駄目なんだ……!
「もっと……。もっと役に立つ為に……」
身の守り方ならグリム様に教わっている。しかし、魔物の倒し方は未だ教えて貰っていない。
けれど、教わっていないから出来ません。それでは無能なわたしのまま。それでは駄目なのです。
どうすれば良い? どうすれば、わたしの価値を示す事が出来る……?
わたしは記憶を探る。使える物があるなら、何でも良いから使わなければならないのです。
「そうだ……。あのお姉さんの動き……」
わたしを誘拐したダークエルフのお姉さん。あの人の動きは無駄が無くて美しかった。
あの動きを再現出来れば、わたしはもっと動ける。もっとグリム様のお役に立てる。
わたしは記憶の動きをトレースする。これまで何となく使っていた体を、どう動かせば良いか意識する。
「……行ける。あの動きなら再現出来る」
身体能力はわたしの方が上だ。兎人族の足は、ダークエルフのお姉さんに負けていない。
足りない物は技術だけ。けれどそれは、見様見真似でも良い。今は無いより遥かにマシです。
――トッ……トッ……。
身を低くして、足音を立てずに駆ける。逃げる為のわたしの脚は、この瞬間に狩人の脚になりました。
そして、手の中の牙はとても小さい。オークの首を斬り落とせるとは思えませんでした。
なら、狙うのは急所への一撃。必殺の一撃で仕留めるべきです。
「ファイア……」
手元の短剣が炎に包まれる。グリム様のお言葉から、これでオークの筋肉すら切り裂けると知っています。
オークの身長はわたしより遥かに高い。頭を狙うのは現実的ではありません。狙うべき急所は心臓のある胸部です。
わたしはオークに気付かれず背後を取る。そして、大地を蹴って、オークの心臓を背後から刺します。
――トスッ……。
炎の短剣は抵抗すら感じず、オークの背中に吸い込まれました。肉の焼ける匂いと音がすると、オークはビクリと震えて俯けに倒れてしまいます。
オークは倒れると同時に消滅しました。そして、わたしの足元には小さな魔石だけが残っています。驚く程呆気なく、巨体のオークを倒せてしまったのです。
「やりました、グリム様!」
わたしは足元の魔石を拾い、急いでグリム様の元へと駆けました。グリム様は口元を綻ばせ、わたしの頭をそっと撫でて下さった。
「見事だ、アリス」
「えへへ♪」
わたしの顔が自然と緩む。褒めて下さった。撫でて下さった。微笑みを向けて下さった。
――私の心はそれだけで救われた……。
これまでの不遇な環境も、辛い記憶も、その全てが癒される。それらの過去は、すべてこの為にあったのではとさえ思えてしまいます。
グリム様に認めて貰い、褒めて貰える。それがわたしにとって最大のご褒美なのです。その為ならば、わたしはどんな困難にも立ち向かえます。
グリム様は満足げに頷くと、次なる指示をわたしに与えます。わたしは更に褒めて頂こうと、その後も何体ものオークを屠り続けるのでした。




