才能の片鱗
今のアリスでは地下二階も訓練にならなかった。ゴブリンだろうがコボルトだろうが、一方的に蹂躙出来てしまうからだ。
そして、アリスにも余裕があり、まだ魔力酔いの症状も出ていない。ならばと言うことで、俺達は地下三階へと降りる事にした。
「地下三階はオークが出現する。オークは少しばかり手こずるかもな」
「オークとはどの様な魔物なのでしょうか?」
「一言で言えば人型の猪。体も大きく筋肉も厚い。非情にしぶとい魔物と言える」
「猪ですか……。それは、大変そうですね……」
アリスは顔を曇らせる。元々は森で暮らす兎人族である。野生の猪ですら、危険な生物だと認識しているのだろう。
それが魔物として強くなっている。そう考えれば森の住人として、恐れるのも理解出来なくはない。
「ただし、二足歩行となった弊害で移動速度は遅い。群れる習性も無いので、一匹ずつ慎重に相手をすれば強敵とは言えないだろう」
無論、それは今のアリスならばの話である。動きが遅いと言っても、一般的な人間よりは早い。
それに人間を超える怪力に、分厚い肉と脂肪の鎧を纏っている。魔法や魔道具無しでは、そろそろ相手が困難な領域の相手なのだ。
「そして、魔物の弱点も覚えておけ。魔物の体は魔力で構成されている。その特性上、魔力を帯びた攻撃に弱い」
「それってつまり……」
アリスは腰のダガーに視線を向ける。それは一対の短剣であり、それぞれに炎と雷のお魔力を宿している。
「その通りだ。魔力を纏わせた状態で斬れ。そうすれば、分厚い筋肉だろうと容易く切り裂ける」
「だから、魔法の短剣だったんですね……」
アリスはキラキラした目で俺を見上げる。下心の無い純粋な瞳を、俺はとても心地良く感じていた。
ただ、それを悟られるのも少々気恥ずかしい。俺は咳ばらいをしつつ、アリスへと説明を続ける。
「短剣には中型の魔晶石を使用している。魔力出力は大型魔石相当なので、中層の魔物までは容易く切り裂けるだろう。深層の魔物については、魔力のゴリ押しでは難しくなるがな」
「わかりました! 素晴らしい魔道具をありがとう御座います!」
アリスは満面の笑みで感謝の言葉を述べる。俺はそんなアリスの頭をくしゃりと撫でる。
そして、洞窟の奥へと視線を向け、アリスに対して指示を出す。
「この先にオークが居る。まずは好きにやってみろ」
「はい、かしこまりました!」
アリスは真剣な顔で頷く。そして、兎耳をピクピクと動かし、この先の物音を探り出した。
兎人族の聴覚は非常に優れている。俺の魔力による波動探知に匹敵する程かもしれない。
それ故に、即座にオークの存在を察知し、すっと静かに駆け出して行った。
「ふむ、流石と言うべきか……」
これも兎人族の特性なのだろうか? 足は速いのに、殆ど足音を立てずに駆けているのだ。
中層までの魔物は多くが視覚や聴覚を頼りにする。だからこそ、アリスを先に捉える事は出来ず、攻撃されるまで気付けないと言う事態が起こり得るのだ。
実際に今回のオークはこちらに背を向けていた。アリスの接近に気付いた様子すら無かった。
そして、射程圏内に入ると、アリスの短剣が赤く燃える。洞窟内は明るさが増すが、それにオークが気付く事は無かった。
――トスッ……。
オークの心臓の位置に、正確に短剣が突き刺さった。オークはビクッと身を振るわせると、そのまま倒れて体が消滅する。
通常の生物ならば、心臓を刺されて即死はしない。僅かながらに生き続け、暴れるはずである。
しかし、魔物は生物と違う。特に魔力による攻撃は、魔物を即座に死へ追い込む。致命的な一撃は、体の維持を困難にするからだ。
「やりました、グリム様!」
アリスは魔石を拾うとこちらへと駆けて来る。ニコニコと俺を見上げるので、俺はその頭を優しく撫でてやった。
「見事だ、アリス」
「えへへ♪」
無邪気に笑うアリスだが、俺は内心で驚きを隠していた。あそこまで完璧な戦闘は、流石に俺も期待していなかった。
アリスの特性と装備から、可能な動きの範囲内である。しかし、多少の訓練だけで、あれ程の動きが可能なものだろうか?
あれではまるで熟練の暗殺者だ。身の守り方は俺もゴーレムで指導したが、こんな技術を教えた記憶は……。
――まさか、グリムリーパーか?
アリスを誘拐した暗殺組織グリムリーパー。その暗殺者とアリスは僅かながらに交戦している。
その一度の戦闘で、相手の技術を盗み取ったのか? それが出来たとすれば、アリスは紛れも無く天才の部類となるが……。
俺はゆっくりと息を吐く。まだ情報が少な過ぎて、結論付ける段階では無い。まだまだ経過観察が必要である。
俺は平静を装い、アリスへと指示を出す。アリスはその指示に応え、その後もオークを難なく屠り続けた。




