状態回復
購入した奴隷をヘンゼルに抱えさせ、奴隷を俺の家へと運び込む。浮遊の魔法を掛けたので、ヘンゼルは苦も無く抱えて運んでいる。
俺は二階建ての一軒家の前に立ち、手を翳して魔法を発動させる。ヘンゼルと奴隷の生体認証を登録し、家に仕掛けた結界への侵入を許可したのだ。
「これで二人は俺の家に入れる。俺が呼んだらすぐに駆け付けろ」
「いやあ、一応私も店主なんすよ? すぐ駆け付けられるかは……」
戸惑った態度のヘンゼルだが、俺は無視して玄関へ踏み込む。何だかんだ言っても、こいつは俺が呼べば必ず来る奴だからな。
それに俺には奴隷の扱いなんてわからない。何かあった際には、こいつにも世話をさせる必要があるだろうとの考えもある。
俺はチラリと奴隷に目を向ける。ヘンゼルの腕の中で咳き込む奴隷は、怯えた視線で俺を見つめていた。
だが、今は奴隷の感情などどうでも良い。問題なのはその不衛生な姿である。
「……貴重品を汚されても困る。まずは風呂場で洗浄するぞ」
「はいはい、風呂場っすね。……って、風呂付の家っすか?!」
ヘンゼルが驚くのも無理はない。平民の家に風呂が付いてる事はまず無いからだ。
しかし、俺は購入してすぐに自分で風呂場を作った。俺の体を洗う為では無い。収集した資材の洗浄に必要だからだ。
何せ討伐した魔物の素材は血塗れ。採掘した鉱石類は泥だらけ。そのままの状態では素材が劣化する恐れがある。
素材の品質を保つには、帰宅してすぐの洗浄が望ましい。大量の素材を洗浄する為に、俺が魔道具による風呂場を設置したのである。
俺はヘンゼルを風呂場へと招く。そして、床に奴隷を座らせると、その状態に眉を顰める。
「チッ、健康状態が最悪だな……。冷水をかけては、ショック死しかねんか……」
俺は魔道具の蛇口を捻り、桶に水を満たして行く。そして、桶の水に火魔法による熱を加え、人肌ほどの温度へと温める。
程よく温まったのを確認すると、そのお湯に魔力を通す。魔力操作でお湯を浮かせると、それで奴隷の体を包み込んだ。
「えっ……? 何これ……?」
「騒ぐな。汚れを落とすだけだ。大人しくしていろ」
俺が命じると、奴隷はコクコク頷き大人しくなる。そして、自分の体を包むお湯をじっと見つめる。
「温かくて……。気持ち良いです……」
「血行状態が悪そうだからな。温まる事で多少体が楽になるだろう」
目の前の奴隷は衰弱し、病気の状態にある。本来ならば栄養を摂取し、温かな状態で眠る事が望ましい状況なのだ。
しかし、先程まではそれと真逆の状態にあった。そんな状況では体の免疫力も落ちる。治るものも治らないと言う事だ。
「それに、お湯がシュワシュワしてます……」
「汚れがこびり付いているので、それを落とす為に手を加えている」
素材が強固なら、激しい水流で落す手もある。しかし、この奴隷は明らかに弱っている。激しい衝撃に耐えられると思えない。
だからこそ、微細な空気の泡で汚れを落とすしかないのだ。手間はかかるが、品質を落とさない為には仕方が無い処置である。
「よし、汚れは落ちたな。次は状態を回復する。その場で横になれ」
「は、はい……。わかりました……」
俺は温風の魔法で奴隷を乾かし、横になる様に命じる。すると、奴隷は素直に仰向きで寝転ぶ。
奴隷の瞳を覗き込むと、虚ろだった瞳が回復している。怯えの色もかなり薄まっていた。
「――眠れ」
「あっ……」
俺の魔法によって奴隷は深い眠りに落ちる。それを見ていたヘンゼルは、不思議そうに俺へ問う。
「どうして眠らせたんすか?」
「今から歪んだ骨と神経の整形を行う。その激しい痛みに、この奴隷が耐えられると思えんからな」
俺は10歳の頃に小動物を使った実験を行った。体の構造を理解し、体の歪みを矯正する手法を模索する為である。
一般的に治癒魔法は身体の治癒能力を高めている。それによって瞬時に傷を塞ぎ、折れた骨を繋ぐ事が出来る。
しかし、それでは歪んで繋がった骨は元に戻らない。治癒魔法とは別の手段による、状態回復の手段が必要だと考えたのだ。
だが、その実験が大人に見つかり、俺は狂人のレッテルを貼られた。俺を理解出来ない愚か者共によって、神童の名声は地に落ちた。
……まあ、それは良い。それで俺は気付く事が出来たのだ。俺以外の全ての者達が、等しく愚かな存在なのだと。
俺は胸に広がる苦い思いを振り払い、奴隷の治療へと集中する。身体の内部構造への干渉は繊細な魔力操作が必要となる。
雑念でそれが乱れては元も子もない。俺がそんな愚かな行うをする訳にはいかないからな。
「まあ、もっとも……。この程度は造作もない事だがな」
俺は眠る奴隷に魔力を通し、体内の状態を確認する。骨も神経もあるべき姿へと戻っている。どこにも異常は見られなかった。
俺は満足すると背後へと振り返る。そして、感心して見ていたヘンゼルへと声を掛けた。
「次は健康状態の改善だな。奴隷には何を食べさせれば良い?」
「いえ、奴隷も人っすよ? 私達と同じ物を食べますからね?」
ヘンゼルが呆れた口調で答える。確かにそれもそうだな。何とも愚かな質問をしてしまった。
「ならば、さっさと食べれる物を見繕って来い!」
「わ、わかったっす! 今すぐ持って来るっす!」
俺が誤魔化す様に命じると、ヘンゼルは慌てて駆け出した。彼の雑貨屋は食品も使っている、すぐに店から必要な物を持ってくることだろう。
それを見届け、俺は再び奴隷へと目を向ける。今だ眠ったままの奴隷に浮遊の魔法を掛けると、俺はリビングのソファーまで運ぶ事にした。