魔力の色
アリスは難なくコボルトを撃破した。その数は五体。小さな群れであるが、それでも初見で危げなくだ。
「やりました、グリム様! 魔石を回収しますね!」
やはりと言うべきか、ゴブリンと変わらず平然と倒す。冒険者に成りたての者なら、数人のパーティーでもここまで見事な勝利は無理だ。
兎人族の身体能力。それに見合った魔道具。それらを差し引いても、アリスのポテンシャルは並では無い。
何よりも彼女の素質がずば抜けている。色付きの魔力持ちと言うのもあるが……。
「アリス、こちらへ来い。話がある」
「話ですか? 何でしょうか?」
俺の呼び掛けに、アリスが即座に駆けて来る。俺の目の前でピタリと止まり、じっと俺を静かに見上げる。
「お前にはまだ、魔力が色付きと話して無かったな」
「色付き? それはわたしの魔力の話でしょうか?」
アリスはコテンと首を傾げる。俺の説明にピンと来ていない様子だった。
「そうだ。アリスの魔力は緑。風の属性と相性が良く、動きに関する魔法と親和性が高い」
「風の属性ですか……。動きに関する魔法とは何でしょうか?」
「代表例だと『加速』だ。アリスのブーツにも使われている」
俺はアリスのブーツを指さす。そこには三つの魔晶石が組み込まれており、その一つが緑色をしている。
通常の魔晶石は無色透明だが、そこに属性を付与する事も出来る。『加速』を効率的に発動させる為、緑の魔晶石へと加工したと言う訳だ。
「今はまだ魔力の制御が難しいだろう。しかし、その特性は覚えておくべきだ。アリスはいずれ魔道具無しでも、自身で魔法を発動可能になるのだからな」
「私自身が魔法を発動可能に……。それが出来れば、もっとグリム様のお役に立てますね!」
無邪気な笑みでアリスは笑う。彼女にとっては俺の役に立てる事が嬉しいらしい。
しかし、本来これはそんな簡単な話では無い。魔力を持つ者は限られ、魔法を使える者は更に少ない。
アリスの身体能力と魔法が合わされば、容易にAランクの冒険者となれるだろう。アリスにはそれだけのポテンシャルがあると言う事なのだ。
当然ながら、それを知れば悪用しようとする者も現れる。王侯貴族だけでなく、ジャバウォックの様な裏の組織等もである。
俺と言う防壁が無ければ、彼女は簡単に組織へ取り込まれる。そして、便利な道具として使い潰されるだろう……。
「――いや、問題無い。俺が居る限り、そんな未来は起こり得ない」
アリスは不思議そうに俺を見つめる。けれど、俺が考え事をしていると知り、何も聞かずに静かに待っていた。
俺は小さく笑うと、彼女の柔らかな髪を撫でてやる。
「己の身を守れる様に強くなれ。それまでは、俺がアリスを守ってやる」
「はい、わかりました! いずれグリム様を守れる位に強くなります!」
アリスは嬉しそうに笑う。俺を守れる位とは、かなり大きく出たものである。
だが、今はそれでも良いのだろう。現実はいずれ知る事になる。それよりも今は、彼女の心を大切にしてやるべきだろうから。
「そういえば、グリム様の魔力は何色なんですか?」
アリスは気持ち良さそうに目を細め、俺を見上げて問い掛ける。俺は撫でる手を離し、アリスへと説明を続ける。
「俺の魔力は無色。色が無いので、どんな魔法でも使う事が可能だ」
「そうなんですか! それは凄いですね!」
俺の言葉にアリスは目を輝かせる。俺への憧憬が見て取れるが、俺は皮肉気に口元を歪める。
「ただし、無色の魔力は使い勝手が悪い。一般的には魔法使いに向かないと言われている」
「えっ……?」
アリスは混乱して目を丸くする。俺が何を言っているのか、理解が追い付いていなかった。
「魔法を使う際に、一度色を変換する工程が入る。これにより発動は遅くなり、魔力のロスも起こる。冒険者として活動するなら、役に立たない色だと言われているな」
「で、でも……。グリム様は……」
アリスの瞳が動揺で揺れる。俺が役立たずの無色と言うのが信じられないのだろう。
だが、今の話は一般論である。俺はふっと口元を緩めて、アリスに微笑む。
「発動速度も魔力ロスも、熟練になれば解消される。多くの者はそこに至れないだけ。俺には関係の無い話だな」
「なるほど! 流石はグリム様です!」
アリスが再び目を輝かせる。兎耳も激しく動き、興奮具合が一目でわかるな。
まあ、俺は運が良かったのも有る。幼少期に自身の魔力に気付き、長く訓練を積む事が出来た。
全て独学にはなったが、人と比べられる事も無かった。だからこそ、俺は好きでやっている内に、人よりも魔法の扱いに長ける事となったのだ。
それは幼少期の神童と呼ばれた時代。ただし、周囲の理解が及ばぬ高みへ上り、誰からも理解されなくなったのだがな……。
「話を戻すがアリスの魔力だ。これもいずれは扱える様にならねばな」
「が、頑張ります……。グリム様みたいに、凄い魔法を使える様に……」
アリスは顔を赤らめ、下腹部に手を添える。そう言えばアリスには、魔力を扱った際のデメリットがあったな……。
まあ、それはいずれ何とかなるだろう。今は魔道具を中心に扱えば良いのだ。気長に対策を考えるとしよう。




