探索再開
あれから三日後、俺とアリスは再びダンジョンへ訪れた。色々あって中断した、ダンジョンでの戦闘訓練を再開するためだ。
最終的にはダンジョンの最深部。ダンジョンコアへの達成が目標となる。しかし、今はまだその時では無い。
まずはアリスを鍛え、ダンジョンでの生存術を覚えさせる。俺の補助無しである程度立ち回れねば、深層への攻略は不可能だからな。
「……とはいえ、これは想定以上だ」
地下一階のゴブリン達では、アリスの練習相手にならない。攻略二日目にして既に、ゴブリンの群れを蹂躙する働きを見せているのだ。
ゴブリン達ではアリスの速度に付いて来れない。目で追う事すら出来ずに、死角からグサリと一撃を入れられて終わる。
アリスは恐怖を感じないのか、非常に思い切りが良い。かと思えば、野生の勘なのか危険を感じたら即座に身を引く。
前回も感じたが、アリスには天賦の才があるのかもしれない。ダンジョン攻略者として、彼女が一流の戦士に育つ可能性を感じるのだ。
「グリム様、如何でしょうか! 指示通りに動けていましたか?」
アリスは嬉しそうに微笑みながら、俺の元へと駆けて来る。背後で消える十体程のゴブリン。彼等を屠った直後と思えないあどけない笑みだった。
俺はアリスの白い髪をくしゃりと撫でる。そして、頷きながらアリスに告げる。
「期待以上の働きだった。これなら地下二階へ進んで問題あるまい」
「わたしはご期待に応えられたんですね! とっても嬉しいです♪」
俺の言葉にアリスの表情は崩れる。心底嬉しそうにその笑みを深めたのだ。
ただ、彼女はすぐに俺の元を離れてしまう。そして、ゴブリンが残した小さな魔石を拾い、ポーチへと回収し始めた。
俺が指示するまでも無く、次の行動を読んで自ら動く。それが出来るのも、アリスの優秀さを証明していた。
かつての仲間達も俺が鍛えたが、二人ともここまで優秀では無かった。戦闘面でも補佐役としても、いずれは俺の右腕に相応しい存在と育つだろう。
アリスの回収作業が終わると、俺は歩き出して彼女に告げる。
「下への階段はこちらだ。地下二階はコボルトが出現する」
「コボルトですか? それはどんな魔物なのでしょうか?」
この街の住人なら殆どの者が知るが、アリスには知識が無いらしい。元々の住人では無いし、俺の元に来る前は奴隷商の檻の中だったからな……。
「一言で言えば二足歩行する狼だな。ただ、ゴブリンより動きも早く、群れで動くし連携もして来る。初心者が一番死にやすい階層でもある」
「初心者が一番死にやすい……」
アリスはゴクリと喉を鳴らす。彼女自身も初心者なので、不安を感じているのだろう。
「怯える必要は無い。アリスならば囲まれて、身動き取れなくなる事も無い。いざとなれば、俺がサポートも行うしな」
「そ、そうなんですね……。わかりました! わたしはグリム様の指示通りに動きます!」
俺の言葉で気持ちを持ち直したらしい。アリスは元の笑みに戻り、俺の隣をニコニコと並んで歩く。
実際の所、動きが早いと言っても人間に比べてだ。アリスからしたら、ゴブリンとの差も感じられない程度だろう。
兎人族は俊敏さに秀で、それを魔道具で補強している。中層以降の魔物でなければ、アリスの動きに付いてはこれまい。
俺の余裕を感じてか、アリスもリラックスした表情だった。ただ、何かを思い付いたらしく、俺を見上げて問い掛けて来た。
「そういえばコボルトは獣人とは違うのでしょうか?」
「なるほど、面白い視点だ。結論から言えば、コボルトは獣人ではない」
二足歩行する狼。そして、仲間と連携行動を取れる。それだけを聞けば、そういう疑問も出てくるのだろう。
しかし、コボルトは魔物である。生物とは絶対的に異なる存在なのである。
「まず、魔物は繁殖をしない。自然発生し、死ねば自然消滅する。更には言語を持たない。鳴き声等で簡単な連携を取る者が居る程度だ」
「ふむふむ」
「対して獣人は人と進化が枝分かれした存在。祖先を辿れば人と同じ分岐に辿り着く。今となっては完全に別の種として分かれてしまったがな」
「え? 祖先が同じ……?」
アリスが驚くの当然だろう。これは暗黙の了解で、知るものぞ知る知識。神聖教会が必死で隠している事実である。
エルフやドワーフ等の亜人種も同じだ。進化論事態を教会が禁忌とするが、知識層であればその事実を知る者は多い。
「人間から自然環境に適応し、進化したのが獣人なのだろう。コボルトに人間の要素は無い。狼が進化して、人に近付いた可能性はあるがな」
「……魔物って、何なのでしょうか?」
アリスの問いに足を止める。その問いが出た事に、俺は微かな驚きを覚えた。
魔物とは何なのか? それは誰もが一度は疑問に思い、そして考えても意味が無いと切り捨てる問いだからだ。
「魔物が何なのか。それは俺が研究するテーマの一つだ。いずれは解き明かしたいと考えている」
「そうなんですね! なら、いずれわかる日が来ますね!」
人の歴史がどれ程になるかはわからない。だが、千年以上の歴史の中で、その答えを得られた者はいないのだ。
けれど、アリスは俺なら出来ると考えている。他の奴等みたいに、出来る訳が無いとは考えていなかった。
「……いずれは、そんな日が来るだろうな」
「はい! グリム様なら必ず来ますよ!」
アリスからの全幅の信頼。俺にはそれが、何とも心地よかった。
俺は何となくアリスの髪をくしゃりと撫でる。アリスは微かに驚きを示し、すぐに嬉しそうに笑みを零した。




