自信
俺とアリスが家へ戻ると、グレーテルが玄関で待ち構えていた。
「アリスじゃぁ~ん! ごべんねぇ~! わだじのぜいでぇ~!」
「グ、グレーテルさん……?!」
飛び出して来たグレーテルが、アリスへと強く抱擁する。顔は涙でグチャグチャとなり、とても人様に見せられる状態では無かった。
そして、そんなグレーテルの姿にアリスも涙を滲ませる。アリスも彼女を強く抱き締め返し、涙声で囁いた。
「違いますよ。グレーテルさんのせいじゃ無いです。それに、グレーテルさんも無事で良かった……」
「よがった~! ほんどうに、よがったよ~! アリスじゃんが無事でぇ~!」
無事を確かめ合うように抱き合う二人。しかし、その抱擁がいつまでも終わらない。
俺は大きく息を吐く。そして、時間の無駄と判断した俺は、グレーテルの後頭部を鷲掴みにした。
「うぇっ……?! な、何なの……!」
「……お前、昼を食べてないな? 貧血状態だと伝えたはずだが?」
体内の状況をスキャンしたので間違いない。こいつは言い付けを守らず、食事を取って休んでいなかったのだ。
俺がギラリと睨むと、グレーテルが怯んだ様子を見せる。そして、視線を逸らしながら、もごもごと言い訳を口にする。
「だ、だってアリスちゃんが攫われたんだよ? 心配で食事も喉を通らないよ……」
「今の体調だといつ倒れてもおかしくない。良いか? 俺が休めと言ったら休め」
強めの口調で告げると、グレーテルはしゅんと肩を落とす。そして、小さな声でごめんなさいと呟いた。
すると、アリスが慌てて間に入り、無理矢理な笑顔でこう告げた。
「わ、わたしもお昼食べてないですし、今から簡単な軽食を用意します! 御二人はゆっくり休んでいて下さい!」
そういえば俺も食べていない。あんな事件が起きては、それ所では無かったからな。
そして、今のグレーテルに用意させる訳にもいかない。ならばここは、多少なりとも手解きを受けた、アリスに任せるのが正解だろう。
「……ふむ、そうだな。では、アリスに任せるとしようか」
「お任せください、グリム様! それでは少しお待ちを!」
アリスは嬉しそうに笑みを浮かべ、脱兎の如く駆け出した。家の中を走るなと言いたいが、あれでもアリスにとっては抑えている方なのだろうな……。
俺はやれやれと息を吐く。すると、目の前のグレーテルが笑みを浮かべた。
「えっと……。ありがとうね、グリムさん」
「それは何に対する礼だ?」
怪我の治療の事だろうか? もしそうならば、怪我の原因は俺とアリス。グレーテルはむしろ、巻き込まれた存在である。
けれど、それ以外に礼を言われる理由が思い浮かばない。俺が首を捻っていると、グレーテルはニコニコと笑い出した。
「アリスちゃんのこと! 凄くスッキリした顔してた!」
「……アリスのこと? お前は何を言っている?」
スッキリした顔だと? 確かに笑顔ではあった。けれど、それはいつものアリスと、そう変わる物では無かったはずだ。
しかし、グレーテルは僅かに顔を伏せ、悲しそうな顔で説明を続けた。
「アリスちゃんは、もっと悲しい顔で帰って来ると思ってたんだ……。誘拐されて、私に怪我をさせて、色んな人に迷惑掛けたって、自責の念にかられてるんだろうなって……」
確かにそれは有り得る話だ。アリスはいつも人目を気にし、何かあれば自分が悪いと考える所がある。
今回の一件でも、俺やグレーテルへと謝り続け、自分で自分を責める可能性もあった。今のアリスを見る限り、そうなってはいないみたいだが。
「けど、アリスちゃんは笑顔だった。凄く自信に満ちた顔になってた。それって、グリムさんが何かをしたんでしょ?」
「……アリス自身で気付いただけだ。自分が何かに劣る存在では無いのだとな」
俺が切っ掛けを与えたのは確かだ。しかし、経験から何を得るかは、その人の資質に関わっている。
アリスは俺の望んだ通りの気付きを得た。そして、自信を手にする事が出来た。それは愚者には出来ない、アリスだから出来た学びである。
俺がそう考えていると、グレーテルはヒマワリの様な、満面の笑みを俺へと向けた。
「アリスちゃんのご主人様が、グリムさんで本当に良かったよ!」
「ああ、違いない。アリスの良さは、俺が一番引き出せるからな」
他の人間がアリスを手にしても、十全に性能を引き出す事など出来ないだろう。俺だからこそ、アリスに最高のパフォーマンスを発揮させられるのだ。
しかし、グレーテルは何故か困った様な笑みを浮かべていた。何かを言いたそうであったが、彼女は何も言わずに歩き出した。
「あ~、安心したらお腹が空いた。アリスちゃんは何を作ってるのかな~?」
グレーテルが何を思ったのかはわからない。気にならないと言えば嘘になる。
しかし、何故だか俺は、それを問い詰める気になれなかった。俺自身がその問いを拒んでいるかの様に……。
「ふん、馬鹿馬鹿しい……」
俺が答えを知りたくないなど有り得ない。あらゆる真実を知り、賢者である事が俺の望みなのだ。
俺は有り得ない考えを振り払い、グレーテルと共にダイニングへと向かった。




