主の務め
俺はアリスの救出後、貧民街を練り歩いた。Mr.ダンディとビッグボーイと言うチンピラ二人を伴ってな。
その理由はジャバウォック関連の組織を潰す為。二人にはその場所を案内させた訳である。
しかし、この街の殲滅戦は俺の想定と異なり、思った以上に穏便に片が付いてしまった。
「テメェ等、グリムの旦那がお怒りだ! ジャバウォックとどっちに付く気だ!」
「ジャバウォックは旦那の敵だ! どうするべきか、わかってんだろうな……?!」
チンピラ二が怒鳴り散らすと、組織の構成員が全員平伏した。ジャバウォックと手を切り、決して俺に逆らわないと誓い出した。
彼等はジャバウォックの手先だが、今回はアリスに手を出していない。降伏するなら無理に殲滅する理由が無くなってしまった。
俺は平伏する一同を前に、仕方が無いと大きく息を吐く。
「アリスへの手出しは許さない。警告は一度きりだ。わかるな?」
俺は抑えた魔力を解放する。そして、魔力を持たない彼等は、俺の威圧に顔を青くする。
そして、ブルブルと身を震わせながら、全員が額を地面に擦り付けた。
「「「絶対に手を出しません! 末端まで確実にお伝えさせて頂きます……!!!」」」
彼等の宣言を耳にし、俺は漏れ出す魔力を制御する。俺からの威圧が消え、彼等は見るからにホッとした様子を見せた。
Mr.ダンディとビッグボーイは少し顔を青くする程度。それよりも平伏する彼等を見て、ニタニタと笑みを浮かべていた。
「ジャバウォックの動きがあれば俺に知らせろ! 必要な時は俺から旦那に連絡する!」
「テメェ等、旦那の役に立て! それが出来なきゃ、ここじゃ生きていけねぇからな!」
「「「へい、わかりやした!!!」」」
チンピラ二人は虎の威を全力で借りていた。まあ、俺の役に立つならその程度は構わないか。
とはいえ、目立ち過ぎても困るか? 俺は念の為に、Mr.ダンディへと釘を刺す事にした。
「俺に迷惑を掛けるな。わかっているな?」
「へい、旦那! それはもちろんでさぁ!」
ニカッと笑う眼帯の男。手もみをするその姿は、ニックネームの割には愛嬌があり過ぎる。
むしろ、名前に反したその姿は、道化師にすら見えるのだが……。
「まあ、良い。後は任せたからな?」
「へい、任されやした! お気を付けてお帰り下さい!」
俺はチンピラと別れ、アリスを伴い家へと向かう。俺の進む道の先では、誰もが息を殺して身を潜めていた。
今回は救出の為に魔力を撒き散らし過ぎたからな。俺の威圧を感じた多くの住人が、俺に対する恐怖を覚えたことだろう。
だが、そんな事はどうでも良い。ここの住人は俺と関わり無き者達だ。アリスの身に比べれば、取るに足らない存在でしかない。
俺は歩きながら、隣のアリスに視線を向ける。彼女は何故だか堂々と胸を張り、嬉しそうに顔を紅潮させていた。
「どうした? 何故、そんなに嬉しそうなのだ?」
「あれっ? そんなに嬉しそうに見えましたか?」
アリスは照れた様子ではにかむ。そして、嬉しそうな眼差しを俺へと向ける。
俺が小さく頷くと、アリスはにふにゃりと表情を崩した。
「わたしはグリム様に大切にして頂いています。それがとても嬉しいんです!」
「そんなことがか? お前は俺の物なのだぞ。大切にするのは当然ではないか」
アリスは俺の道具として購入した奴隷だ。それどころか、今では俺の右腕になれるかもと考えている逸材である。
粗雑に扱う理由が無い。むしろ今以上に手を掛けて、より能力を高めるべきだ。それが行く行くは、俺の為になるのだから。
しかし、アリスは悲しそうに微笑む。すっと視線を遠くに向ける、震える声で囁いた。
「普通は奴隷何て家畜と同じです。大切にされるのは、グリム様くらいだと思いますよ……」
「何とも愚かな話だな。家畜とて益を生み出す存在だ。粗雑に扱うとは愚か者ばかりだな」
俺の言葉にアリスは目を丸くする。そして、嬉しそうに俺へと微笑んだ。
「やはり、グリム様はお優しいんですね」
「いや、他の人間が愚かなだけだろうな」
俺は俺以外の人間は愚者だと思っている。誰もが合理的判断で行動出来ないからだ。
奴隷制度を非人道的と言う気は無い。だが使うのならば、最高のパフォーマンスを発揮させるのが、主の務めでは無いのか?
俺はやれやれと溜息を吐く。すると、アリスはおずおずと手を伸ばし、俺へと問いかけて来た。
「あの、グリム様……。手を繋いでも宜しいでしょうか?」
「……手を繋ぐ? 別に構わん。繋ぎたいなら繋げば良い」
俺の返事にアリスは顔を輝かせる。そして、俺の手をそっと握り、心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
何を思ってアリスが手を握ったかはわからない。これにどんな意味があるのかもだ。
けれど、アリスの嬉しそうな姿を見て、これも合理的な判断なのだろうと納得する。
アリスに最高のパフォーマンスを発揮させるのが俺の務め。その為に彼女を喜ばせるのは、行く行くは俺の為になるのだから。
アリスの小さく温かな手の感触に、俺はそう結論付けて満足するのだった。




