↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/181

制裁

 俺はアリスを攫った男に視線を向ける。すると、男は即座に平伏し、全面降伏の姿勢を取った。


 本来ならば見せしめに殺す所である。しかし、アリスに殺しは無しだと約束をした。


 グレーテルの件もあって許す気は無い。では、どうするかと悩んでいると、ふとあるアイデアが思い浮かんだ。


「よし、そうだな。そこのお前、その場に立て」


「へ、へい! グリムの旦那!」


 片目に黒い眼帯に、赤シャツと黒ズボンと言う姿。裏社会のボスらしく、厳つさをアピールする姿だ。


 しかし、直立不動の男はズボンを濡らし、下っ端らしい動きを見せる。今のこいつはプライドを捨て、全力に生を掴みに来ていた。


 俺は男を立たせたまま、隣のアリスに視線を向ける。


「アリス、こいつの腹に全力の一撃を入れろ。それを今回の制裁代わりとする」


「「――えっ……?」」


 アリスと男が同時に声を漏らす。男は目を丸くして、アリスは動揺で瞳を揺らしていた。


「だ、旦那? そんなもんで宜しいんですか?」


「ああ、お前にはやって貰う事がある。制裁としてはそれで終わらせる」


 俺の言葉を聞いて、男は目に見えて安堵する。子供のパンチで済ますのだ。かなりの手心が加えられたと考えたのだろう。


 まあ、それ自体は構わない。こいつには後で役目がある。今は油断している位で丁度良い。


 しかし、アリスは苦しそうな表情を浮かべていた。上目遣いで俺を見上げ、言い難そうに口を開いた。


「グリム様、わたしには出来ません……。獣人奴隷のわたしが、人間を攻撃するなんて……」


 青い顔で俯くアリス。その姿を見て、俺はやはりかと顔を顰める。


 その可能性は考えていたのだ。アリスは普段から自分を卑下し、人間に怯える所があった。


 それは過去のトラウマなのだろう。刻まれた心の傷が、自分は人間よりも下の存在だと認識させてしまっている。



 ――だからこそ、この制裁が必要なのだ……。



「……愚かだな。実に愚かだぞ、アリス」


 俺の言葉にアリスはビクッと肩を揺らす。瞳に涙を浮かべ、上げた顔には絶望の色が滲んでいた。


 俺に失望されたと思ったのだろう。見放されたと思ったのだろう。それはアリスにとって、絶望と思える言葉だったようだ。


「もう忘れたのか? お前は俺の物だ。他の奴隷は関係が無い。黙って俺の言葉に従え」


「あっ……」


 アリスに金を持たせる時に、躊躇うアリスに俺が伝えた言葉だ。アリスもそれを思い出したらしい。


 アリスの瞳から絶望が薄れ、俺に何かを求める瞳へと変わる。俺は小さく笑ってアリスに告げる。


「これまでの主人など関係無い。周囲の人間の意思もだ。俺がそうしろと命じるのだ。それ以外に、何が必要だと言うのだ?」


「……何も御座いません。わたしはグリム様のご意思に従うのみです」


 アリスは穏やかに微笑む。涙は滲んだままだが、その瞳からは歓喜が滲んでいた。


 俺は満足して頷く。後は実際に攻撃すれば、それで心の呪縛は解かれるだろう。


「良いか、アリス? 魔道具は無い。だが、今のお前の全力で攻撃するんだ」


「はい! わかりました、グリム様!」


 アリスは短剣、腕輪、ブーツを取り上げられている。今の彼女は無手に素足だ。


 だからこそ、アリスも全力の一撃を放てる。その瞳の色を見ても、今の彼女に躊躇いは無かった。


「これまでの恨みを全てぶつけろ! それでは殺れ!」


「はい、行きます! わたしの全力をぶつけます!」


 ぼんやり眺めていた男へと、アリスは闘争心を漲らせた瞳で睨む。彼女の下腹部で魔力が増幅するのを俺は確認する。


 そして、腐っても裏社会を生き抜いて来た男だ。アリスの纏う空気の変化に気付いたらしい。驚愕に顔を引き攣らせていた。



 ――ギュルン……!!!



 アリスは身を捻って一回転する。そして、遠心力の付いたその踵を、男の腹部へと真っ直ぐ叩き込む。



 ――ゴッ! ゴゴンッ……!!!



「ヒギャッ……!」


 眼帯の男は弾丸の如く弾け飛ぶ。そして、地下室の石壁に叩きつけられ、そのまま壁にめり込んでしまう。


 男は白目で気絶し、血を吐きながら痙攣している。俺は男の元へ歩み寄ると、そっと触れて状態を確認した。


「内臓は破裂し、背骨は砕けている。しばらく放置すれば確実に死ぬな」


「し、しし、死ぬって……! わ、わたしが殺したって事ですかぁ……?!」


 アリスは涙目になって絶叫する。膝はガクガクと笑い、別の意味で恐怖を覚えたらしい。


 俺は見えないように小さく笑う。そして、男に治療を施しながら、背中越しにアリスへ告げる。


「こいつには役立って貰う。俺が治療するから死ぬ事はない」


「よ、良かったぁ……。わたしが殺したって思いましたぁ……」


 アリスはその場でヘナヘナと座り込む。しかし、安堵するアリスに俺は告げる。


「だが、忘れるな。今のお前には人を殺せる力がある。その力の使い方には気を使え」


「あっ……?! はい、わかりました!」


 俺の忠告に、アリスは真剣な眼差しで頷く。これで自らの力量が少しはわかっただろう。


「それと同時に覚えておけ。お前は人間に劣ってなどいない。多くの人間よりも、優れた力を持っているのだとな」


「わたしは人間に、劣っていない……?」


 俺がこの制裁を選んだ理由。それは、アリスに自信を付けさせる為だ。


 彼女は決して誰にも劣っていない。それに気付かせる事が出来たなら、少しはこの愚行も許せると言うもの。


 治療を終えた俺は、ゆっくりと振り返る。アリスは嬉しそうに微笑みながら、いつまでも涙を流し続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。