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諫める者

 アリスの無事は確認した。しかし、それで俺の怒りが収まる訳が無い。


「貴様がアリスを攫わせたのか……。――殺す!」


「ひっ、ひいっ……?!」


 冷静さを欠いている自覚はある。感情に任せた、愚かな行為だとはわかっている。


 それでも俺は、目の前の男を殺さずにはいられなかった。俺からアリスを奪う者は、何人たりとも許す気になれなかったのだ。


「お、お待ちください! グリム様……!」


「――アリス……?」


 俺と男の間にアリスが割り込む。顔を青くしているが、それでも俺を真っ直ぐ見つめている。


 何のつもりかと思い、俺は顔を顰めてアリスを見つめる。すると、アリスは決意の眼差しで俺へと告げた。


「わたしは傷一つありません! それにこの方は、わたしを無事に返すつもりでした! 魔晶石の製法さえ聞き出せれば、ボスに殺されずに済むと言っていたのです!」


「じょ、嬢ちゃん……?」


 男はアリスの背後で腰を抜かしていた。そして、小便を漏らした姿で、アリスを呆然と見つめていた。


 俺の漏れ出る魔力は、本能的に生物へ恐怖を植え付ける。アリスの様な魔力持ちで無ければ、まともに動く事も出来なくなるのだ。


 だからこそ、この男は驚いたのだろう。自分ですら畏怖する相手に、毅然と意見するアリスの姿に。


「……だから何だ? 我が身可愛さにアリスを攫った。殺すにはそれで十分だろう?」


「そ、そんな……。わたしは無事だったんですよ……?」


 アリスは戸惑いの表情を浮かべていた。自分を攫った相手なのに、殺す必要は無いと言いたいらしい。


 俺は大きく息を吐く。そして、アリスに対して静かに告げた。


「今回許せば、また同じ事が起きる。それにアリスは忘れてないか? ――グレーテルが刺された事を」


「そ、それは……」


 アリスはグッと口を紡ぐ。流石にグレーテルの件は、アリスにとっても許せる事では無いのだろう。


「グレーテルは俺が治療し、今はベッドで休ませている。しかし、一歩間違えば死ぬ危険があった。それでもアリスは、その男を許せと言うのか?」


 アリスは目を見開く。それから俯いて、悩む様子を見せた。アリスなりに考えを纏めているのだろう。


 いつもであれば、俺が誰かを待つ事は無い。時間の無駄なので、待たずに処刑を実行する。


 けれど何故か俺は、アリスの答えが気になった。俺が静かに待っていると、アリスは顔を上げてこう告げた。


「わたしは、許して欲しいんじゃありません。グリム様が人を殺す姿を見たく無いんです。わたしにとってそれが、凄く悲しい事なんだと思います」


「俺が人を殺す姿だと……?」


 アリスが悲しむ理由がわからない。けれど、不思議と俺はアリスを悲しませたくは無かった。


 ハッキリとはわからない。けれど、アリスのその気持ちは、俺を想ってのものだと思えたからだ。


「……ふむ、そうか。ならば殺すのは無しだ。それよりまずは、その枷を外さねばな」


「あっ、ちょっと待って下さい! もしかしたら……」


 アリスはスカートをごそごそ漁り、ポケットから鍵を取り出した。そして、その鍵を使って手足の枷を外してしまう。


 ……いや、どういうことだ? どうしてアリスが鍵を持っている?


 こいつらは馬鹿なのか? 枷を付けた相手に鍵を持たせてどうする?


 俺の相手は救い様が無い愚者だったらしい。俺が頭を抱えていると、アリスは嬉しそうに俺へと駆け寄って来た。


「えっと、グリム様! 助けに来て頂き、ありがとう御座いました!」


 ニコニコと笑顔を見せるアリス。そんな彼女の姿に毒気を抜かれ、俺の怒りは消えていた。


 それと同時に俺は大いに安堵した。そして、体が勝手に前へと出た。


「きゃっ……! グ、グリム様……?!」


 俺はアリスをギュッと抱きしめる。アリスの体は柔らかく、体温はとても高かった。


 これまでこんな風に、誰かを抱きしめた事は無かった。初めての経験だが、抱擁とはこれ程心が落ち着く物なのだな……。


 俺はその温もりをしばらく感じる。ただ、ずっとこのままでは不味いと思い、冷静を装ってアリスから離れた。


「――確かに傷一つ無い。アリスの無事は証明された」


「あっ、魔法で体を調べてたんですね! ただこれは、凄く心臓に悪いですね!」


 アリスは顔を真っ赤にして、誤魔化す様に笑っている。ただ、モジモジとする姿から、とても恥ずかしかったのだと予想出来た。


 俺はふっと小さく笑う。そして、アリスの白い髪をくしゃっりと撫でた。


「ならば、余り俺に心配を掛けるな。次はもっと心臓に悪い方法を取るぞ?」


「す、すみませんでした! 次からは心配掛けないように、気を付けます!」


 真っ赤な顔で、ペコペコと頭を下げるアリス。いつも通りの彼女の姿を見て、いつの間にか俺の心は穏やかな状態へと戻っていた。


 そして、俺はアリスの背後に視線を向ける。信じられないと言う目で俺達を見つめる、この地のまとめ役だという男を……。

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