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望まぬ依頼(アリス視点)

 わたしは鋼鉄の枷を付けられたまま、地下室へと連れ込まれました。そこは薄暗く汚い、ネズミの走り回る部屋です。


 少し前まで入れられていた、奴隷商のケージに似た環境です。かつての自分を思い出して、とても辛い気持ちが蘇って来ました。


 ただし、今回はケージに閉じ込められたりしません。代わりに鎖で繋がれ、わたしの前には一人の男性が立っています。


「よう、嬢ちゃん。俺はアンデルセンで、裏側を仕切ってる者だ。まあ、ジャバウォックって組織の、バックアップ有りきではあるがよ」


 ヘラヘラと笑う金髪オールバックの男性。片目は黒い眼帯を付け、赤いシャツに黒いズボン姿。纏う空気が普通ではありません。


 荒事を得意とする人。それも冒険者などでは無く、非合法な仕事をする人達。奴隷狩りを行っていた人たちと同じ、嫌な空気が感じられます。


 男性は膝を曲げ、座り込むわたしの顔を覗き込みます。そして、瞳だけは笑っていない、そんな笑顔で私に問いかけて来ました。


「なあ、嬢ちゃん。ご主人様から魔晶石の製法って聞いてねえか? 最悪、そいつが聞けりゃあ、嬢ちゃんは解放しても構わねぇんだわ」


「えっ……?」


 魔晶石と言えば、グリム様が造る魔道具の素材。ヘイゼルさんのお店にだけ売っていると言っていました。


 わたしを誘拐した目的は、その製法を聞き出す為なのでしょうか? もしその場合、知らないと答えるとどうなるのでしょう……。


 わたしは不安を感じて身構えます。すると、眼帯の男性は、ヘラヘラ笑いながら肩を竦めます。


「いやまあ、本気で知ってるとは思ってねぇさ。ダメ元で聞いてみただけでな?」


「ダメ元で……?」


 男性は笑顔の割に余裕が無い。というよりも、その瞳には焦りが浮かんで見えます。


 表面上は丁寧で、わたしに対して妙に馴れ馴れしい。ねっとりした目は気持ち悪いけど、少なくとも獣人奴隷として見下した雰囲気ではありません。


 わたしが何も答えないでいると、男性はガリガリと頭をかきます。そして、大きなため息と共に愚痴をこぼし始めました。


「いや、実を言やあ俺も元は冒険者でな。Bランク何でそこそこ腕はあった訳よ。ただ、足を喰われて引退して、こんな裏社会に身を落とした訳なんだがよ」


 言われて見れば、男性の足は義足でした。元々の足は魔物に食べられたみたいです。


 わたしは痛ましく思って顔を歪めます。ただ、男性が身の上を話したのは、わたしの同情を引く為ではありませんでした。


「俺も元Bランクだからわかる。短期間でAランクになったグリムはヤベェ。正直、俺は手出ししたくねぇんだよ。どんな報復があるか、わかったもんじゃねぇ。ボスの指示じゃなきゃ、絶対に受けない依頼だったのによ……」


 そこでわたしは、以前に聞いた話を思い出します。グリム様が王国騎士の皆様を、庭に埋めたと言う話です。


 この人も埋められる事を恐れているのかな? そう思ったわたしに、彼は青い顔で小さく呟きました。


「なあ、もう一度聞くが、魔晶石の製法を知らねぇよな? それだけでも聞けりゃあ、俺もボスから命までは取られず済むんだがよ?」


 眼帯の男性は縋る様に訊ねて来ます。とても必死な事だけは、その眼差しから伝わりました。


 けれど、わたしは何も知りません。そして、嘘をついてもすぐにバレるでしょう。わたしは警戒しながらも、ゆっくりと首を振ります。


「はあぁぁぁ……。しゃあねぇなぁ! やりたくねぇけど、グリム相手に交渉するしかねぇか!」


 眼帯の男性は叫びながら立ち上がりました。その表情は苛立たし気で、私をギラリと睨み付けます。


「余計な真似はすんなよ? テメェはそこで大人しくしてろ! そうすりゃ、無傷で返してやるからな!」


 眼帯の男性は高圧的に怒鳴って来ます。わたしは過去の恐怖が蘇り、体が震えてただ頷くことしか出来ませんでした。


 きっと今のわたしは、鋼鉄の枷が無くても何も出来ない。奴隷として過ごした三年間の記憶が、わたしの体から自由を奪ってしまうのです。



 ――強くなれたと思ったのに……。



 そんなものは勘違いだったのです。殴られた訳でも無い。ただ怒鳴れただけなのに、相手が人間と言うだけで恐怖してしまうのだから。


 わたしは肩を抱き寄せ、身を丸くして蹲ります。情けない自分の姿に、ただ必死で涙を堪える事しか出来ませんでした。



 ――ズガガガァァァァァン……!!!



 唐突に鳴り響く爆音。そのあまりにも激しい音は、わたしの耳が痛い程でした。


 なにが起きたのかと、わたしは顔を上げました。すると、階段近くで瓦礫が山となり、その真上の天井には大きな穴が。


 わたしと眼帯の男性はポカンと口を開きます。すると、天井の穴から一人の人物が飛び降りて来ました。


「なっ、そんな……。来るのが早過ぎる……?!」


 眼帯の男性が驚きで叫ぶ。そんな彼の事を、着地した男性がギラリと睨む。


「グ、グリム様……?」


「アリス、無事か?」


 わたしの目の前にグリム様がいる。そして、わたしを確認すると、その口元を微かに上げる。


 けれど、すぐに視線を眼帯の男性へと向け直す。それと共に、視覚化しそうな程の、激しい怒りが重圧を産む。


「貴様がアリスを攫わせたのか……。――殺す!」


「ひっ、ひいっ……?!」


 グリム様の放った威圧により、眼帯の男性は腰を抜かす。そんな彼に歩み寄るグリム様を、わたしは只呆然と眺め続けた。

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