ゴミ山の子兎
地下へと降りた俺は顔を顰める。余りにも酷い臭いに鼻が曲がりそうだった。
見れば地下は牢獄だった。いや、犯罪者を入れる牢獄よりも酷い。それは家畜用のケージと言った方が相応しい造りであった。
「ふん、これも商品で良いのか?」
「はい、ご入用でしたらお売り致します」
奴隷商の表情は笑顔だが、纏う空気が冷たかった。既に彼の中で俺は、顧客として見ていないのだろう。
まあ、こういう態度には慣れている。相手にしても時間の無駄なので、俺は気にせず中へと踏み込む。
「あ、あぁ……。苦しい……。助けて……」
「嫌だ……。こんな所で死にたくない……」
ケージの中の奴隷達は、どれも酷い有様だった。ボロの布切れを纏い、骨と皮だけの奴等が殆ど。
半数は怪我や病気で不健康な者達。残りの半分も精神に異常をきたしている。まともな商品はいないらしい。
俺はクイッと眼鏡を押し上げる。そして、奴隷達を一人一人確かめていく。この眼鏡を通して、隠された能力が無いかを確かめる。
「ふむ……。魔力適性を持つ者は少ないな……」
なお、俺は別に視力が悪い訳では無い。俺のかける眼鏡には度が入っていない。
この眼鏡は魔道具なのだ。この眼鏡を通すと、魔力が色として認識可能となる。
火の属性なら赤、光の属性なら白といった具合だ。更には色の強弱で魔力の強さも判別できる。
時々いる特殊能力者を見つけるの便利だし。魔法のトラップ等も発見出来る。何かと便利なので、普段から身に付けているのである。
「グリムさん、流石にこれは無いっす。今日は出直しませんか?」
俺に声を掛けるヘンゼルは、申し訳無さそうな表情を浮かべていた。俺をここに連れて来た事を後悔しているのかもしれない。
しかし、俺はそんな彼を無視する。ここを去るかどうかは俺が決めること。俺はまだ全ての奴隷を確認していないのだ。
時にはゴミ山にお宝が眠っている事もある。誰からも価値に気付かれない、そんな宝が眠っている事が……。
「――ん? あれは……」
俺の眼鏡に毛色の違う存在が引っかかる。それは真っ白な髪を持つ少女。そして、その内には風の属性が宿っている。
俺は彼女の入ったケージへと近づく。そして、虚ろな表情で座る彼女の様子を確かめる。
「千切れているが……。この耳は獣人か……?」
「ええ、兎人族ですね。貴族の玩具にされた子です」
俺が興味を持ったからか、奴隷商が近寄って説明を行う。俺は彼の言葉を無視すると、少女の姿を改めて確認する。
年齢は十歳よりは上だろう。小柄で瘦せ細っているので、詳しい年齢までは推測が難しい。
座る姿勢から、右側を庇っているのがわかる。右手と右足が不自由な可能性があるな。
「ごほっ……ごほっ……」
「ふむ? 病気か……?」
苦しそうに咳き込む白髪の少女。この衰弱具合では、余り長くは持たないな。一刻も早く治療せねば、手遅れになる可能性が高い。
俺は少女の瞳を覗き込む。俺を見返すその瞳は虚ろだが、生きたいと言う意思は感じられる。それだけわかれば十分だろう。
俺は小さく頷くと振り返る。そして、奴隷商へと声を掛けた。
「こいつを貰おう。いくらになる?」
「おっと、ありがとうございます! この子でしたら金貨10枚です!」
俺の言葉を聞き、満面の笑みを浮かべる奴隷商。手のひらを返して、手もみまでしている。
俺はチラッと少女へと視線を向ける。そして、目に見える真実を彼へと告げる。
「俺の見立てでは余命数日。もって10日と言った所だな」
「……わかりました。金貨3枚で如何でしょうか?」
奴隷商は僅かに顔を顰めたが、諦めた様に肩を落とす。彼もこの子が長くないと理解していたのだ。
その上で俺に金貨10枚で売ろうとした。それが商売とは言え、実に愚かな行為である。
金貨3枚は平民の月収。それがこいつが付けた、この子の値段と言うわけだ。
俺は懐から金貨を三枚取り出す。そして、奴隷商へと手渡した。
「確かに頂戴しました。それでは、契約の手続きに移りましょう」
「ああ、手早く終わらせてくれ」
俺は奴隷商に連れられ、地上へ戻る階段へと向かう。そこでこの子の主人としての登録を行うのだろう。
ヘンゼルは苦笑を浮かべるが何も口にしない。きっと、俺に何らかの考えがあると気付いているのだ。
俺は足を踏み出す前に、少女の方へと顔を向ける。そして、ニヤリと笑ってみせた。
「少し待っていろ。すぐそこから出してやる」
「え……?」
俺の声を耳にして、少女は僅かに顔を上げる。そして、俺を見上げる瞳を見開き、そこに微かな光が宿るのを感じた。
やはりこいつは生きたがっている。ならば、この先も長く使って行く事が出来るだろう。
俺は満足して階段へと向かう。そして、奴隷商の背中を見つめ、内心で冷笑を浮かべる。
もしこいつが本当の価値に気付いていたなら、俺は金貨100枚でも出したと言うのに……。
やはり、世の人間は愚か者ばかりだな。俺は世を嘲笑いながら階段を上り始めるのだった。