脅迫
俺は魔力を撒き散らしながら貧民街を歩く。それと同時に波動でサーチし、周囲の状況も把握する。
この街の大半の住人が路上で生活をしている。彼等は殆どが不穏な気配に逃げ出していた。
中には家を持つ者もいるが、彼等は静かに息を潜めている。俺と言う嵐が去るのを、震えながら待っていた。
ここに住まうのは後が無い者達。何も持たない者達である。大怪我をすれば治療は望めない。それ故に誰もが臆病なのだ。
――しかし、そうでは無い者達の気配を掴む。
俺の存在を把握し、俺の後を付ける者達だ。彼等こそが俺の探す者達。ジャバウォックの関係者である。
俺は大きな通りに出ると、身を翻して手を翳す。
「――沈め……」
「「「ギャッ……!!!」」」
空気を圧縮し、圧力によって追跡者を大地に沈める。五人の追跡者の内四人は、諸劇に耐え切れず意識を失う。
しかし、一人の大柄な男だけは、辛うじて意識を保っていた。俺はその男の元で足を止め、その頭をガシリと掴んだ。
「ジャバウォックの手先だな。アリスの居場所を言え」
「な、何のことだっ! 俺はそんな奴は知らねぇ……!」
当然ながら白を切る。そう反応する事は予想していた。なので俺は、問答無用で魔法を発動する。
――ボキッ! バキバキバキ……!!!
「――ギャアァァァァ……!!!」
四肢の骨を粉々に砕く。そして、男の痛覚を増加させる。これは治療魔法の応用である。肉体の整形の逆を行ったに過ぎない。
俺は男の頭を握り締めたまま、男を引き上げ宙吊りにする。真っ青な男の顔を見上げ、俺は低い声で静かに告げる。
「一度しか言わん。しかと聞け」
「ひ、ひぃっ……!」
男は涙目で小さな悲鳴を漏らす。凄まじい痛みもあるが、男はそれ以上に恐怖を感じてた。
何せ男の手足はぐにゃりと歪み、自身の意思では動かせなくなっている。今の男に許されるているのは、俺の問いに答えるだけなのである。
「俺の質問に答えなければ、お前をここに捨てて行く。お前は痛みと共に死を待つ事になる。誰もお前を助ける事は無いだろう」
「い、嫌だ……。そんなのは……」
ここは貧民街。誰もが余裕の無い者達だ。手足の動かぬこの男を、助ける者など現れないだろう。
ジャバウォックの組織とて同じ。役に立たないこの男を、わざわざ助ける理由が無い。間違いなくこの男は切り捨てられる。
それを理解するこの男は、ボロボロと涙を流す。その恐ろしい未来に身を震わせていた。
「ただし、お前がアリスの場所を吐き、アリスが無事なら治療をしてやる。アリスの無事が確認出来た時のみ、お前はこれまで通りの生活に戻れる」
「お、お願いします! 何でもしますから!」
俺よりも大柄な大の男が、必死で懇願する。それを恥ずかしいと思う余裕すら、今のこの男には無かった。
それもそのはず。この男の生殺与奪は俺が握っている。俺の機嫌一つで、この男は生きるか死ぬかが決まるのだから。
「ならば、もう一度だけ聞く。アリスの居場所を知っているな?」
「知っています! この街のボスの元へと案内させて頂きます!」
男に残された最後の希望。この男には、その希望に縋る他ないのだ。
アリスが傷付いていたら? アリスの居場所が移っていたら?
そういった不安もあるが、それでもこの男は祈るしかない。僅かにでも残された、助かる道に賭けるしかないのである。
「では、場所を教えろ」
「はい! しばらくこのまま前進して下さい!」
男が説明を始めたので、俺はそれに従い駆け始める。大柄な男は下半身が引き摺られ、痛みで絶叫を上げ始めた。
流石にこれではナビゲートに問題が出る。俺は内心で舌打ちしつつ、男の痛覚だけは軽減してやった。
アリスの状況を考え、俺は内心の怒りがぶり返す。冷静であろうとしても、感情の制御が非常に困難であった。
連れ去られてから数刻が経っている。その間にアリスが、どの様な扱いを受けているだろうか?
アリスは獣人の奴隷。人間の社会では迫害されて当然の存在。例え殴られたとしても、それを咎める人間なんて居ない。
――クソがっ……! くそったれめ!
意味の無い罵倒が思考を埋め尽くす。そんな事を考えても、何にもならないと理解しているのに。
それでも俺は、脳内の罵倒が止められなかった。そうしていなければ、自らの怒りでどうにかなりそうだった。
「どいつもこいつも……。愚か者ばかりだ……!」
アリスを攫った者達もそうだ。だが、その愚か者には俺自身も含まれている。
自分がこんなにも未熟だとは思っていなかった。感情なんてものは、とうに制御出来ると思い込んでいた。
こんな有様で何が賢者だ。自らの愚かさが、今は何よりも腹立たしかった。
「だが、反省は後ですべきだ……」
現在、最も重要なのはアリスを無事に取り戻す事。今はそれに意識を集中するべきだ。
溢れ出す怒りは未だ収まりはしない。それでも俺は、自ら成すべき事を成そうと動き続けた。




