捜索
グレーテルは止血程度の手当てはされており、失血死に至る程の状況では無かった。
とはいえ、貧血状態にはなっていた。俺は魔法で傷を塞ぐと、アリスのベッドに無理矢理寝かせた。
そして、俺の家には結界がある。家の中に居る限り、グレーテルにこれ以上の危険は無いだろう。
俺は泣き続けるグレーテルを残し、アリスの捜査を開始する。身を焦がす程の焦燥を抑え、俺は冒険者ギルドへと駆け込んだ。
「グ、グリム様……?! お待ちください!」
受付の職員が青い顔で静止を掛ける。しかし、俺はそれに構わず建物の奥へと足を踏み込む。
目的の人物はギルドマスター只一人。俺は彼の部屋に辿り着き、ノックもせずに中へと踏み込んだ。
「アルベルト! 情報を寄越せ!」
「グリム? 行動が早過ぎる……」
ギルドマスターのアルベルトは来客の対応中だった。ソファーに向かい合う形で、軽装の鎧を身に着けた兵士と話していた。
そいつの胸元には衛兵を示す紋章が刻まれている。となると、こいつも何かしらの情報を持っている可能性が高そうだ。
アルベルトは顔を歪ませるが、俺を部屋へと招き入れる。俺は時間が惜しいと、直球で質問を行う。
「アリスが攫われた。街中で暴れた奴等は何者だ?」
「丁度その件で話を聞いてた所だ。状況を考えると、闇組織ジャバウォックの仕業だろうな……」
ジャバウォックだと? 俺に何度も勧誘して来る愚かな者達か……。
だが、奴等ならば合点はいく。このような強硬策に出るだろうし、それを行える人材も抱えているだろうからな。
「奴等の行方は? 足取りは掴めているのか?」
「お、恐らくはまだ、街中に潜伏しているのかと……。街の門は全て封鎖しております……。そして、事件後に怪しい者が通過していない事も確認済みです……」
俺は兵士の言葉に軽い驚きを覚える。街中で暴れた者が居るとは言え、その行動が非常に速いからだ。
まるで事前に想定され、準備をしていたかの様だ。問い詰めたい気はするが、今はそれよりもアリスの身が最優先である。
「奴等の向かう先に当たりは付いているのか?」
「恐らくは貧民街だろうな。ジャバウォックの隠れ家がいくつかあるはずだ」
なるほどと納得する。あそこは裏社会の人間が多く、領主と言えども下手に手を出せないエリアだ。
ジャバウォックの手の者も多いだろう。外に出ていないなら、真っ先に疑うべき場所だと言える。
「そこまでわかれば十分だ」
俺は踵を返して扉に向かう。しかし、アルベルトが俺を止めようと叫び出した。
「待て、グリム! 一人で行く気か! 今から人を集めるから……!」
「不要だ。死にたく無ければ付いて来るな」
俺は振り返ってアルベルトを睨む。アルベルトは怯んだ様子を見せ、兵士は青い顔で震え出した。
今の俺は急いでいる。他の奴等を待つ時間など無い。例えこの場に居ようとも、俺にとっては足手まといでしかない。
俺が再び扉へ向かうと、アルベルトは声を抑えて俺へと問いかけて来た。
「グリム、気付いているのか? 凄まじい魔力が溢れている。そんな状態で街を歩けば……」
「愚かだな、アルベルト。今の俺に、それを抑える理由があるのか?」
普段の俺は内なる魔力を制御している。濃厚な魔力は強い気配を纏い、周囲の人間に恐怖を感じさせるからだ。
日常生活でその状態では支障が出る。だからこそ、俺は普段から魔力を制御し、周囲に漏らさない様にしていた。
しかし、今は非常事態である。俺の纏う魔力は、半端な邪魔者を排除してくれる。今の俺には制御する理由が全く無いのだ。
「……ふぅ、わかった。後処理の為に、後から人を送る。お前は好きな様に暴れて来い」
「ふん、言われるまでもない。俺は俺のやりたい様にやるだけだ」
アルベルトに見送られ、俺は冒険者ギルドを後にする。周囲は俺を遠巻きに見るが、誰もが怯えて声を掛けたりしなかった。
そう、それで良い。今の俺は苛立っている。下手に声を掛けられるよりも、この状況の方が好都合である。
「ジャバウォックめ……」
俺に何を要求する気かはわからない。しかし、俺のアリスに手を出して、無事で済むとでも思ったのか?
知らぬ者が手垢を付けている。傷付けているかもと思うと怒りが湧き上がる。俺を甘く見た者共に、粛清をせねば怒りが収まらない。
「報いを受けて貰うぞ……!」
俺は自らの体に強化を掛ける。そして、最短で移動する為に、高く飛んで屋根へと上がる。
俺はアリスにも匹敵する速度で、アリスの待つ貧民街へと駆け出した。




