正午の驚き(グレーテル視点)
今日はグリムさんとアリスちゃんがダンジョンへ行ってしまった。そういう訳で、今日のお世話はお休みなのです……。
残念だけれど仕方が無いね。むしろ、ここ最近は連日通わせてくれた、兄さんに感謝しなければならないくらいだ!
そう考えた私は、朝からお店をピカピカに掃除した。そして、住居スペースもピカピカに磨き上げ、二人分の昼食もしっかりと準備しました!
「いやぁ、久々っすね。グレーテルとお昼一緒なの」
「ありがとね、兄さん。連日通い妻させてくれて♪」
感謝の言葉に兄さんは苦笑を浮かべる。それは私が料理を覚えた理由を、兄さんが察している証拠だろう。
過去に命を救われた私は、グリムさんの為に花嫁修業を頑張った。いずれはグリムさんの隣に立てると夢見ながら。
けれど、私の努力は実を結ばなかった。他人を信用しなかったグリムさんは、私の好意を全て撥ね退けてしまったからだ。
一時期はすっごく落ち込んだんだよね。それでようやく立ち直ったと思った所に、アリスちゃんがやって来て全てが変わったんだけど……。
「このままグリムさんが、私に心を開いてくれないかな~?」
「どうっすかね? こればっかりは、予想がつかないっすね」
兄さんはスプーンを口に運びながら答える。私はパンをちぎると、小さく齧って息を吐く。
「グリムさんが私に頼むのって、アリスちゃん関連だけだもんね。……案外アリスちゃんが、グリムさんのお嫁さんになってしまったり?」
「いやあ、それは難しいっすね。国も教会も認めないっすよ。異種族間の結婚は」
兄さんは苦々し気に顔を歪める。兄さんは人間社会の仕組みとして、それが容易ではないと考えてるみたい。
けれど、グリムさんの心には言及しなかった。それはつまり、兄さんもその可能性はあると考えているのだろう。
「ままならないなぁ……。せめてグリムさんが、幸せになってくれたらねぇ……」
「その為のサポートっすよ。必要とされた時に、いつでも手を貸せるようにね」
兄さんの言葉に、私は大きく頷く。私達に出来る事もやりたい事も、全てはそこに落ち着くのだ。
アリスちゃん関連とは言え、私もようやく役立てている。ならば今は、必要なサポートに全力を尽くすのみだ!
――バタン! バタン!
「グレーテル! グレーテルは居るか……?!」
お店の方から叫び声が聞こえる。何やら慌ただしく、誰かが駆け込んで来たみたいだ。
というか、今の声はグリムさんだろう。何やら私をご指名みたいだけど……?
私と兄さんは見つめ合う。そして、食事の手を止め、揃って店に出る。
するとそこには、苦々し気に顔を歪めるグリムさん。その背後には、涙目のアリスちゃんが立っていた。
「……えっと、どういう状況?」
「くそっ、説明が必要か……?!」
いや、必要ですけど? この状況で察するのは流石に無理だよ?
久々に見る苛立った表情のグリムさん。アリスちゃんが来てから、随分と穏やかになったと思ったんだけどな……。
それに、アリスちゃんも涙を堪えている様子。最近はグリムさんの前で、あまり泣かなくなったと思ったんだけど……?
「月に一度あるだろ……。アレだっ……!」
「月に一度って、それじゃわかんないよ」
いつも高圧的だけど、グリムさんはもっと理路整然と説明する人だ。こんな雑な説明で、わかれと言うのは珍しい気がする。
何なのかと首を捻っていると、グリムさんは歯ぎしりしながら苦し気に吐き捨てる。
「お前にもあるだろう! これ以上、俺に言わせるな!」
「私にもって……。え? もしかして、そういうこと?」
何となくピンと来て、私はアリスちゃんに視線を向ける。すると、彼女は両手で顔を隠し、恥ずかしそうに身を震わせている。
私は未だ混乱の中にあるが、それでも事態を把握した。私はゆっくり深呼吸すると、アリスちゃんに小声で尋ねた。
「えっと、初めてが……来ちゃった?」
私の問い掛けに、アリスちゃんは小さく頷く。恥ずかしそうに顔を隠したままで。
そう言えばアリスちゃんは十三歳。年齢的にはそろそろの年頃だ。
そして、出会った時はガリガリだったけど、今は健康的にふっくらして来た。アリスちゃんの体としても、準備が整った感じなのだろう。
「あ~、それじゃあ……。アリスちゃん預かって良いかな?」
「こんな事はお前にしか頼めん! アリスの事は任せるぞ!」
グリムさんは気まずそうに叫ぶと、そのまま早足に店を飛び出す。逃げ出すようなその背中に、珍しいものを見たと私は驚く。
「まあ、グリムさんも十八歳の青年っすからね」
私の隣で兄さんが呟く。そして、後は任せたと視線で告げると、店の奥へとそっと姿を消した。
「じゃあ、奥に行こっか? 色々と教えてあげるね」
「よ、よろしく……。お願いします……」
アリスちゃんは兎人族だけど、人間と一緒で良いんだろうか? 流石に違ったら、私でも面倒見れないんだけど……。
私は不安に思うが、首を振って振り払う。グリムさんに任されたのだ。私は出来る限りのサポートをしないとね!
「うん、任せておいて! お姉ちゃんがバッチリお世話するからさ♪」
私は気合を入れて胸を叩く。そして、アリスちゃんの手を引き、必要な道具を取りに向かう。
私はグリムさんとアリスちゃんの役に立てている。その事を嬉しく思いながら、今日もお世話を頑張る私でした。




