目的
アリスのセンスはかなりの物だ。ゴブリンを五匹倒した辺りで、動きに硬さが取れた。戦闘に対して臆する事が無くなった。
そして、訓練のお陰もあるのだろうが、俺からの指示にも迷いが無い。言われた事を、言われた通りに実行するのだ。
今まで戦った事の無い少女が、熟練の兵士の様に。或いは操り人形の如く、無感情に魔物を殺して見せる。
正直、アリスをここまでの逸材とは思っていなかった。奴隷として購入した際に描いた計画より、かなり前倒しで活動が再開出来るかもしれない。
「グリム様、どうなさいましたか?」
じっとアリスを観察していたら、不思議そうにこちらを見つめ返して来た。その表情はあどけなく、何処にでもいる少女みたいに見える。
しかし、その足元には複数の魔石が転がっている。数時間の戦闘経験だけで、群れたゴブリンすら狩って見せたのだ。
「……ふむ、そうだな。ここは素直に褒めておこう。想定以上の結果だった」
「えへへ、そうですか? 訓練で戦ったゴーレムに比べれば、大した動きでは無かったので♪」
アリスは褒められて、嬉しそうに歩み寄る。いつもより半歩程近い距離に、俺は何となく彼女の気持ちを察する事が出来た。
俺は手を伸ばして、アリスの白髪を優しく撫でる。彼女は気持ち良さそうに目を細め、長い耳をピコピコと動かしていた。
「このペースならば、中層へはすぐにでも潜れそうだな。目的となる深層へは、まだ準備にも時間が必要となるが」
「……目的の深層? それは魔晶石の為でしょうか?」
アリスが上目遣いに尋ねて来る。わからない事は聞けと命じたので、早速それを実践したのだろう。
俺は説明の為に、アリスの頭から手を離す。彼女は残念そうな視線を向けるが、今はそれを無視して説明を始める。
「魔晶石の為に大魔石は集める。しかし、それは活動資金の為であり、俺の目的とは言えない。俺の最終的な目的は、ダンジョンの最深部へと到達する事だからだ」
「ダンジョンの最深部ですか? それはどうしてでしょうか?」
「ダンジョンの最深部にある、ダンジョンコアを手にする為だ」
アリスは俺の説明に首を傾げる。ダンジョンコアが何かを知らないみたいだった。
それは冒険者ならば誰もが知る存在。そうで無くても、多くの人々に知られた存在である。
しかし、兎人族では知られていないのだろう。ダンジョンを中心に発展した、人間ならではの知識なのかもしれない。
「ダンジョンコアはダンジョンを生み出す装置であり、全ての冒険者が目指す秘宝でもある。これを手にした者は、望む物が何でも手に入ると言い伝えられている」
「望む物ですか……。グリム様は何か望みがあるのでしょうか?」
「いや、特には無い。俺はその伝承が真実か確かめたいだけだ」
俺の回答にアリスが目を丸くする。驚きのあまり、ポカンと口も開きっぱなしとなる。
その反応に俺は苦笑する。そして、俺の持論を語って聞かせる。
「道筋を整え、正しい手順を踏めば、欲しい者は大抵手に入る。俺が欲しいと思った物は、全て自らの手で掴めば良い。そんなあやふやな伝承に頼るまでも無くな」
「なるほど……。流石はグリム様です!」
アリスはキラキラした目で俺を見上げる。その素直な憧憬の眼差しに、俺は何故だか落ち着かない気分となる。
他の愚者に語れば、必ず反発意見が飛び出した。或いは出来るはずが無いと考え、黙って愛想笑いを浮かべる者ばかりだった。
アリスにはその心配が無いと思うが故か、俺はいつもより口が軽くなる傾向にある。その事に気付いて、俺は自重すべきだなと反省する。
「まあ、なんだ。強いて言うなら、俺が欲しいのは知識。ダンジョンとは何なのか? ダンジョンコアとは何なのか? その知られざる秘密を、自らの手で解き明かす事を望んでいる」
「教えて頂き、ありがとうございます! わたしもそのお手伝いを出来る様に頑張りますね!」
アリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。その純粋な笑みに、俺は心が揺れるのを感じていた。
アリスと共に居ると、俺は感情の揺らぎを良く感じる。しかし、それは決して不快ではない。心地良い揺らぎであると感じていた。
その原因が何かは未だ把握出来ていない。ただ、何処かで無くした何かを、再び取り戻した様な不思議な感覚であった。
「グリム様、どうなさいました?」
「いや、何でもない。先に進むか」
俺がそう告げると、アリスはそれ以上を問わない。素直に頷き、再び魔物を探し始めた。
きっと、アリスのこの距離感なのだろう。俺に対して踏み込み過ぎず、けれど俺の側に居よう努めてくれる。
俺はアリスが側に居ると心地良いのだと、何となくだが理解し始めていた。




