奴隷商
この街唯一の奴隷商は、それなりに大きく綺麗な店だった。多数の奴隷が暮らすのだから、それなりの環境が求められるのだろう。
俺とヘンゼルは応接間へ通され、奴隷商の店主から説明を受ける。この店の商品がどの様な物なのかについてだ。
「この国の奴隷は犯罪者か、借金のカタに売られた者達です。基本的に人権は御座いません。あくまでも契約した主人の持ち物としてお考え下さい」
「ああ、その程度は理解している」
この国で奴隷落ちは最も重い罰である。人である事を認められず、道具として生き続けなければならない。
多くの者は奴隷になるなら位ならと死刑を望む。しかし、奴隷落ちが決まると魔法で意思を縛られ、自決すら出来なくなってしまうのだ。
奴隷への隷属魔法は、国の執行官にだけ認められた魔法。それ以外の者は習得するだけでも罪となる。扱えるのは、執行官の家系だけだと言われている。
「そして、奴隷はとても高価な品です。性能の低い物でも金貨10枚。読み書き計算が出来る者なら最低でも金貨30枚。高い技術を持つ者なら金貨100枚を超える場合もあります」
金貨10枚は農村なら一年間暮らせる金額。30枚あればこのアンデルセンの街でも一年を過ごせるだろう。
購入するのは基本的には貴族か富豪。俺の様な上級の冒険者も手は出るが、普通は家政婦を雇う方が一般的である。
仕事柄必要と言う訳でなければ、奴隷を所持するのは後ろめたい事情がある者と認識されるからである。
「それでは改めまして、奴隷はどの様な用途でご利用でしょうか?」
「普段は家事をさせる。そして、時々はダンジョンで俺の護衛をさせる予定だ」
「ダンジョンで護衛ですか? それですと、屈強な戦士をお求めなのですね?」
「いや、幼子や老人でなければ何でも良い」
俺の言葉に奴隷商が怪訝そうな表情で顔を歪める。そして、俺の隣に座るヘンゼルへと視線を向けた。
ヘンゼルは苦笑を浮かべると、奴隷商へと説明を行う。
「この御方は上級の冒険者でして、一から仲間を育てる予定なんすよ。決して使い捨ての肉壁にするんじゃないんでご安心下さいっす」
「ああ、そうなんですね……」
一応は納得した様子を見せるが、その瞳にはまだ懸念の色が残っていた。ただ、それも一瞬の事ですぐに笑顔で商談に戻る。
「それでは実際に商品を見て貰いましょう。自己アピールをさせますので、気に入った物があればお声を掛けて下さい」
「ああ、良いだろう。直に品定めと行こう」
俺は奴隷商に連れられ、大部屋へと移動する。壁際のソファーを案内され、俺とヘンゼルは腰を落す。
すると、部屋に十人の男女が入って来て、それぞれにアピールを開始する。
「私は剣の扱いが得意です! Dランク相当の腕とお考え下さい!」
「私は魔法を得意としています。冒険者としてはCランクまで行きました」
「へっ、俺にしとけよ旦那。この筋肉見れば、迷う必要なんてねぇだろ?」
「私にしときなさいよ。ベッドの上でもたっぷり楽しませてあ・げ・る♪」
自己アピールと共に、奴隷商からの説明も入る。読み書きが出来るとか、値段がいくらか等だ。
しかし、どの説明を聞いても辟易とする。どうして彼等は、その程度の児戯を自慢げに語るのだ?
こんな愚かな者共の相手は御免である。これ程の愚かな者達に、時間を費やす価値など無い。
全員の紹介が終わり、全員が部屋から退室する。隣に座るヘンゼルは苦笑交じりに問い掛けて来た。
「お気に召す奴隷は、いなかったみたいっすね」
「実に愚かだった。完全に時間の無駄だったな」
俺の言葉に奴隷商は顔を顰める。彼にとっては俺の言葉が心外だったのだろう。
しかし、奴等は俺の求める物ではなかった。こちらとしても、期待外れでガッカリしている所なのだ。
「ああ、えっと……。他にも候補者っているんすかね?」
「商品はありますが、お勧め出来る物では無いかと……」
ヘンゼルとしては、折角来たのでもう少し粘りたいのだろう。俺が活動出来ずいると、それだけ彼の収入も激減するからな。
しかし、奴隷商は渋い表情を浮かべている。本当にお勧めが出来ないのか、俺には勧めたくないのかは不明だが……。
「ふむ、そうだな。直接見る方が早いか。アピールはいらんから、俺に他の商品を見せろ」
「直接、ご覧にですか……?」
そもそも、俺とこいつでは価値観が違う。こいつらのアピールでは、俺の求める物は見つからないのだろう。
だからこそ、気になる物が無いか、この目で直接確かめる。少しでも気になる物があれば、ここに足を運んだ価値もあると言うものだ。
「商品の元へと案内しろ」
「はあ、承知しました……」
俺が立ち上がって促すと、奴隷商は渋々と言った態度で頷く。そして、俺とヘンゼルを伴って部屋を出る。
苦々し気な表情の奴隷商は、俺達を地下へと続く階段まで案内した。