ギルドマスター
俺はギルドマスターからの呼び出しを受ける。最近は家に引き籠っていたのだが、わざわざヘンゼル経由で俺へ連絡をしてきたのだ。
この街の冒険者ギルドの程度が知れるが、ギルドマスターはまだマシな奴だ。過去にAランク冒険者だった事もあり、俺の話にも一定の理解を示すからな。
面倒ではあるが、俺も冒険者ギルドの一員。アリスが育った後には活動を再開する予定もある。渋々ではあるが、俺は冒険者ギルドまで足を運んだ。
「呼び出して悪かった。とはいえ、お前さんの立場もわかってんだろ?」
「ふん、関係無いな。それはお前達の事情であって、俺の事情では無い」
俺の体面に座るのはスキンヘッドの男。名はアルベルトと言い、今年で四十半ばだが現役と変わらぬ筋肉を維持している。
ギルドマスターである彼は、誰に対しても人懐っこい笑みを向ける。俺にも同様の笑みを向けながら、いつも明るい口調で語り掛けて来る。
そして、彼が俺を呼んだ理由には察しがつく。魔晶石関連で騒ぐ者達が居る。俺の周りが騒がしくなると言いたいのだろう。
けれど、そんな事は百も承知だ。俺の側の対処は自分で行う。それ以外の部分は、俺には関係無いので勝手にすれば良い。
「そう言うなって。最近、可愛い子兎を飼ったみたいじゃねえか?」
「それこそ関係無い。俺の物に手を出す者は、全て実力で黙らせる」
これはアルベルトなりの警告である。騒動にはアリスも巻き込まれるぞ、と……。
しかし、それだって承知の上だ。アリスは家から基本出さないし、何かあっても逃げれる準備をさせている。
彼からすればアリスの冒険者ギルドの一員となった。だから、立場として警告するのが分からなくはないのだがな。
アルベルトはやれやれと肩を竦める。ただ、身を乗り出して低い声でこう問うて来た。
「お前の知識は裏組織も狙っている。そいつらが動いてもか?」
「当然だろう? そこへの警戒を怠る俺だと思っているのか?」
今でこそ大人しくなったが、二年ほど前に裏社会からの接触があった。誘いを断ったら強引な手に出たので、手を出せば火傷では済まないと教えてやった。
しかし、こういう愚者は基本的に学ばない。俺自身でなければ何とかなると、周囲の者を狙う事だってあるだろう。
だからこそ、俺は他者と必要以上に関係を持たなかった。自分で身を守れる、元パーティーメンバーの二人を除いてはな……。
「……まあ、お前さんなら大丈夫か。その辺りは何とかなると思ってるよ」
「なら、話はこれで終わりか? 終わりなら、すぐにでも帰らせて貰う」
「――って、待て待て! 話はまだ終わってねぇから、腰を上げるな!」
俺としてはさっさと帰って、アリスの特訓を行いたいのだ。結界を張っているとはいえ、一人にするのも気は進まないしな。
ただ、雰囲気的はまだ返してくれなさそうだった。俺は小さく息を吐き、椅子へと再び腰掛ける。
「一つ確認だが、ギルド職員になる気はないか? 時々、魔晶石を作るだけで良いんだが……」
「断る。俺にメリットが無い」
「まあ、そうだよな……。お前さんならそう言うと思ったよ……」
小さく息を吐くアルベルト。彼の意図はわかる。魔晶石絡みの騒動を納める為に、ギルドとして魔晶石の供給を行おうと言うのだ。
しかし、俺がギルドに所属すれば、それに伴う義務が発生する。ハッキリ言えば、この街から離れられなくなると言う事だ。
それはアルベルトだけでなく、この街の領主も望む展開だろう。しかし、俺にとってはデメリットでしかない。そんな事の為に、自由を奪われるつもりはないのだ。
「なら、もう一つの確認だ。嬢ちゃんは使い物になりそうか? どのくらいで活動を再開出来る?」
「俺が選んだのだ。使えるのは当然だろう? 活動再開はそうだな……」
アリスの成長は著しい。元々のポテンシャルもある。だが、それ以上に素直で従順なので、育成が想定以上に捗っているからだ。
元々の計画ではもう少し時間が掛かると考えていた。しかし、今の調子で育成が進むなら、計画を前倒ししても良いかもしれない。
「三日後に一度、ダンジョン低層に入れて見る。その結果次第では、最短で一月あれば深層へ潜れるかもしれんな」
「おいおい、マジかよ。流石にそれは、『黄金宝珠』の二人もへこみそうだな」
俺は元パーティーメンバーを育てるのに一年の時間を要した。EランクからBランクまでの昇給が一年。それでも異例の速度だと話題になった。
そこから一年を掛けて、深層ダンジョンを安定して潜れる様にした。上位の魔物から上級魔石を集め、最高級の魔晶石が安定して提供可能になったのである。
しかし、今ならば二年も必要無い。ダンジョンの知識も、育成のノウハウもある。それに何より、アリスのポテンシャルが非常に高い。
アルベルトは俺の目をじっと見つめる。そして、俺の言葉に納得した様子で、ニヤリと笑ってこう告げた。
「こっちの騒ぎは抑えておく。深層へ潜れる目処が立ったら連絡をくれ」
「ふん、まあ良いだろう。その時が来れば連絡くらいはしてろう」
俺の言葉にアルベルトは苦笑する。彼はギルドマスターなので、立場は上だとでも言いたいのだろう。
しかし、俺とアルベルトは対等な関係。ビジネスパートナーでしかない。それをわかっているからこそ、口には出さなかったのだ。
俺が無言で立ち上がると、今度は引き留める事が無かった。俺はアルベルトに見送られながら、冒険者ギルドを後にした。




