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悪夢の終わり(アリス視点)

 ここはとても寒くて、とても暗い。ずっとずっと、わたしは地獄の中で生きて来た。


 兎人族の里で暮らしていた時も、死はとても身近にあった。森の茂みから魔物が顔を出せば、それで失う命も多くあったからだ。


 けれど、わたしは人間に掴まって初めて知った。地獄とは死んだ後に行く場所では無い。人間に掴まって死ぬ事すら許されない事なんだって。


 奴隷として魔法を掛けられた者は、自ら死ぬ事すら許されない。主の不利益になる事が出来ず、その命令に逆らう事が出来ないのだ。


 食べ物を拒絶し、餓死する事も出来なかった。悪臭のする腐敗した物だろうと、主が命じれば体が勝手に食べてしまうのだ……。



 ――何度、死にたいと願っただろうか……?



 奴隷として首輪を嵌められ、魔法を掛けられた際の一番初めの命令。それが決して、自ら命を絶ってはならないと言うものだった。


 蔑まれ、罵られ、暴力を振るわれる。心で死にたいと願っても、体は生きようと行動してしまう。身を守ろうと勝手に動くのだ。


 そして、浅ましく生きる姿を見て人間は喜ぶ。やはりこいつ等は人間じゃない。ここまで生き汚いのはケモノの証明だと嗤われた。



 ――どうして、こんな酷い事をするの……?



 森で暮らしていた時は、狼等の魔物が天敵だと思っていた。けれど、私達獣人にとって、本当の天敵は人間だったんだ。


 生きる為に、喰らう為に殺すのではない。自分達の道具とする為に、私達を捕まえて隷属させる。そんな存在こそが天敵だと知った。


 パパはシュルツ帝国で捉えられた。ママとわたしはフェアリーテイル王国で捉えられた。そして、私達は全員が奴隷にされた。



 ――怖い……。人間が怖い……!!!



 人間はわたしを痛めつける。玩具として楽しむために暴力を振るう。泣いて許しを乞うても、決して許される事は無かった。


 わたしに出来るのは、彼等が満足するのを待つだけ。身を丸くして暴力に耐え、彼等が疲れて飽きるのを待つしかなかった。


 わたしは何度も泣いた。暴力を振るわれ許しを請う時に。腐った食べ物を吐き戻した時に。寒い冬の夜に凍えて眠る時に……。



 ――誰か……。誰か助けて……。



 10歳の時は両親に願った。11歳の時には神に祈った。12歳になる頃には誰にも願わなくなった。


 いや、苦しい時や、死にそうな時に願う事はあった。けれど、心の底ではそんな存在は居ないと、自分自身で否定する様になっていた。


 獣人にとってこの世は地獄。わたし達には救いなんて何も無いのだと気付いてしまったのだ……。



 ――そう、諦めていたはずなのに……。



 暗くて寒いこの場所で、私は丸まって泣き続ける。誰からも認められず、蔑まれ続け、一人孤独に絶望しながら。


 なのに、私の頭にそっと温かな感触が触れる。かつて、ママやパパが愛してくれた、あの日の愛情を思い出させる。


 わたしはゆっくりと目を開く。すると微かな明かりが部屋を照らしていた。そして、私を見つめるその存在に、わたしは小さく声を漏らす。


「グリム、様……?」


 わたしは夢から覚めて、ここが柔らかなベッドの上だと気付く。そして、グリム様が眠るわたしの頭を、優しく撫でていた事にも。


 部屋を照らす明りは、グリム様の左手のランタンだった。外はまだ暗い時間なのだろう。なのに、グリム様がどうしてここに……?


「悪夢を見たか? 昨晩もこうすると泣き止んだのでな」


「えっ、昨晩も……?」


 朝起きたら爽快な気分で、久しぶりにぐっすり眠れたのだと思った。久々に悪夢を見なかったのだと思っていた。


 けれど、昨晩もグリム様がこうしてくれていた。わたしの頭を撫でて、落ち着くまで見守ってくれていたらしい。


 わたしの瞳に涙が滲む。グリム様はどうして、こんなに優しくしてくれるのだろう。人間は天敵なはずなのに……。


「アリスは本当に良く泣くな」


「あっ……」


 グリム様はその指で、わたしの涙を優しく拭う。そして、ポンポンとわたしの頭を優しく叩く。


「安心して眠れ。アリスは俺の物だ。お前の不安は、全て俺が取り除いてやる」


「ありがとう……御座います……。グリム様……大好きです……」


 グリム様がハッと息を飲み、目を見開いていた。ただ、すぐに何事も無かった様に、わたしの頭を優しく撫で始めた。


 その手の温もりに安心し、わたしの瞼が重くなる。ウトウトと眠りに落ちる間際に、わたしはグリム様へと挨拶をする。


「おやすみなさい……。グリム様……」


「ああ、おやすみ。ゆっくりと休め」


 最後に聞こえたその声が、とても温かくて安堵する。私はとても幸せな気持ちで、心地良い眠りへと落ちて行った。

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