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恩人(グレーテル視点)

 アンデルセンの街を観光した夜、私はアリスちゃんと夕食を作った。食材選びから一緒だったので、アリスちゃんもかなり気合が入っていたね。


 そして、包丁の扱いに火の扱いと、料理の基礎を優しく教えて行く。料理には慣れてなかったけれど、それでも必死に覚えようと頑張っていた。


 テーブルに並ぶのはパンと野菜スープとカットフルーツ。アリスちゃんの初めての料理なので、失敗しない様に調理はスープだけに留めておいた。


 私達三人はテーブルにつく。そして、スープに口を付けるグリムさんを、ドキドキしながら私達は見つめ続ける。


「どうかな? アリスちゃんお手製スープは?」


 私の問い掛けに、グリムさんは手を止める。スープに視線を落としながら、ポツリと感想を漏らした。


「野菜のサイズが不揃いで、火の通りも甘いな。アリスが作ったと言うなら納得だ」


 グリムさんの感想にアリスちゃんが肩を落とす。少しくらいは褒めて貰えると期待していたからだ。


「……グリムさん?」


 私はグリムさんへと笑みを向ける。そして、彼は怪訝そうに眉を顰めた後に、アリスちゃんの様子に気付いた。


 グリムさんはしばらく考えた後に、アリスちゃんへと言葉を続けた。


「始めから完璧な者などいない。初めは誰でも失敗するものだ。次はもっと上手くなれば良い」


「初めは誰でも、失敗ですか……?」


 アリスちゃんは微かに顔を上げる。グリムさんの不器用なフォローに、不思議そうな眼差しを向けていた。


 いつものグリムさんなら、フォローの言葉を付け足したりしない。そういう意味では、グリムさんなりに気遣ったのだろう。


 しかし、その気遣いが理解されていなかった。私は仕方が無いなと、苦笑交じりに更なるフォローを入れる。


「そうそう、私も初めは料理なんて出来なかったもの。それでも、一年間頑張ってみたら、今くらいの腕前にはなったんだよ?」


「そうなんですか? 一年でこんなに上手になれるんですね!」


 アリスちゃんはキラキラした瞳で私を見つめる。純粋な尊敬の眼差しに、私は思わず照れてしまう。


 そして、顔が熱くなるのを感じて、誤魔化すように聞かれても無い説明を続ける。


「いやあ、兄さんが二年前に店を持ってさ! それが落ち着くまでは店の手伝いで忙しかったのよ! ただ、それまでの食生活が酷かったから、私が頑張らないとな~って感じでさ!」


「えっ! ヘンゼルさんのお店って、始めたのが二年前なのですか? グリム様と親しいので、もっと長く付き合っているのかと……」


「ふん、別に親しくしているつもりはないがな」


 アリスちゃんの言葉にグリムさんが反応する。グリムさんからすると、私達と親しくしているつもりは無いんだろうね。


 私は苦笑を浮かべる。そして。オロオロしているアリスちゃんに、私達の事情を説明しておこうと決めた。


「私って生まれつき胸に病気があってさ。長く生きられないって言われてたの。それを何とかしたくて、兄さんが行商人になったんだよね」


「そんな……。グレーテルさん……」


 私の話を聞いて、アリスちゃんの顔が青ざめる。私がもうすぐ死ぬと勘違いさせちゃったかな?


「兄さんは色々な街に私を連れて行ってね。色々な治療院や教会、薬師に見て貰ったけど駄目で。もう無理かな~って思った所で、偶然にもグリムさんに出会ったのよね」


「グリム様にですか?」


 あの日は寒い冬の日だった。咳が止まらず食事も取れず、兄さんも冬を越せないだろうと諦めていたのを知っている。


 荷馬車の中で苦しく蹲る私に、兄さんが悔しそうに涙を流していた。そこへグリムさんがやって来たのだ。


「グリムさんは苦しんでる私を見てね。胸の穴を塞いでやるから、対価として商品を寄越せって言って来たの」


 あの日のグリムさんも不機嫌そうだったな。舌打ちをしながら、いつも通りの忌々し気な口調で告げたんだ。


「兄さんは私を治せるなら、全て差し出すって言ったんだけどね。グリムさんは安物素材をいくつか受け取っただけ。私達の感謝の気持ちは、一切受け取ってくれなかったの」


「大した手間は掛かっていない。そして、正当な対価ならば頂いた」


 きっとグリムさんにとってはそうなのだろう。労働に見合う対価が、はした金と言える程度の商品だった。


 けれど、私達にとっては命の対価なのだ。その程度で釣り合うとは思っていない。なのにグリムさんは、私達からそれ以上を受け取ってくれなかった。


「それで兄さんと相談して、この街で店を開く事にしたの。対等な取引であれば、グリムさんも受け入れてくれたしね♪」


「それは当然のことだ。俺は造った魔道具を、適正な価格で売るだけ。それを拒否する理由は俺には無い」


 どの店ともトラブルを起こし、グリムさんは金策に困っていた。だから、これが私と兄さんに出来る、一番の恩返しだって思ったんだ。


 本当は料理や家事を覚えたのもグリムさんの為なんだけどね。それはどうやっても、受け取って貰えそうには無かったからさ……。


「そういう訳で、私達はビジネスパートナーなの。その付き合いも、今で二年目って所なのよね♪」


「そうだったんですね。教えてくれてありがとう御座います!」


 嬉しそうにお礼を告げるアリスちゃん。お礼を言いたいのはこちらの方だ。この子が良い子で本当に良かった。


 私達では返せない恩を、きっと私達に代わって返してくれる。その為に私と兄さんは、出来る全てでアリスちゃんをサポートするんだ。


「長い付き合いになると思うよ。これからも宜しくね、アリスちゃん♪」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします! グレーテルさん!」


 見つめ合って微笑む私達。そして、私はどうしても願ってしまう。


 どうかこの子とグリムさんの未来が、明るく幸せなものであります様にと……。

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