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裏切り者

 アリスの冒険者登録が終わり、俺達は冒険者ギルドを去ろうとした。そんな俺の背に声が掛かる。


「グリムさん……。もしかして、その子を仲間に……?」


 その問い掛けに俺は振り返る。そこには良く見慣れた人物の姿があった。


 短い茶髪に肩幅の広い長身の男。彼は俺をパーティーから追放した、元リーダーの戦士である。


「ハインリヒか。貴様には関係が無い事だと思うが?」


 俺の返しにハインリヒが狼狽える。しばし視線を彷徨わせるが、それでも引き下がらずに話し掛けて来る。


「奴隷を購入したと聞いたけど、そんな子供だったなんて……。本当にそんな小さな子が、冒険者なんてやれるんですか?」


「貴様には関係の無い話だ。だが、俺ならば可能だと答えておこう」


「そう、ですか……。グリムさんが言うなら、本当に可能なんでしょうね……」


 ハインリヒは悲しそうに微笑む。俺には彼の意図が掴めず眉を顰める。


 こいつは何のつもりで声を掛けた? 俺を追い出しておいて、今更どの面で声を掛けると言うのだ?


 俺の境遇を笑うつもりでも無さそうだが、こちらとしては不快感しか感じない。


 早々に話を切り上げようと思ったが、彼は腰の剣にそっと手を触れて告げた。


「そういえば、グリムさんに用意して頂いた装備。これの扱いを話さねばなりませんね」


「そんな物を返されても困るだけだ。お前達の好きにすれば良い」


 確かに俺が作った魔道具は、売ればそれなりの金になる。しかし、今更そんなはした金の為に、彼等と話し合いう気にはなれない。


 武器に防具に探索の道具。その全ては彼等と共に冒険し、収集した魔石や素材で作った物だ。俺にはそんな物を手元に残す趣味もない。


 俺は俺で手にした品々がある。だから、今更話し合う必要など無い。それぞれが持つ物を、そのまま使い続ければ良いだけの話である。


「そ、それじゃあ……。魔石は必要ありませんか? 俺達だけでも中層になら潜れます。その魔石であれば……」


「――ハインリヒ、何のつもりだ? 俺とお前達の関係は終わったはずだ」


 俺を裏切ったのは奴だ。それを今になって何を言い出す。それは俺に対する憐みなのか?


 俺は胸を焦がす程の怒りを感じる。苛立った俺の言葉に、彼はぐっと言葉を飲んだ。


「二度と俺に話し掛けるな。俺はお前を決して許しはしない」


「そう、ですか……。いえ、わかりました。失礼しました……」


 ハインリヒは小さく頭を下げる。そして、肩を落として俺の元から去って行く。


 その寂しそうな背に、俺は更なる怒りが湧き上がる。俺を裏切っておいて、どうして奴が被害者ぶる?


 俺からどれ程の恩恵を得ていた? 俺が奴にどれだけの労力を掛けたと思っている?



 ――ふざけるな……!!!



 少しは見所があると、期待したのが間違いだった。愚者を信用すべきでは無かったのだ。


 信じられるのは己のみ。それ以外の存在はいずれ裏切り、俺から離れて行く者達なのだ。


 俺は愚かな間違いを二度と起こさない。これからは決して他者を信じる事はないだろう。


 そう、俺は愚かな者達とは違う。俺は賢者として生きると、そう誓ったのだから……。


「グリム様?」


「――っ……⁈」


 その声と共に俺の右手に何かが触れた。俺は驚き声の主へと視線を向ける。


 すると、心配そうな瞳が俺を見上げていた。アリスは微かに震える手で、俺の右手を握っていた。


「大丈夫でしょうか? 馬鹿なわたしでも、出来る事はありますか?」


 その声もやはり震えていた。俺の怒りに怯えながら、それでもアリスは俺を案じているのだ。


 そう理解すると、俺の怒りが急速に熱を失う。平静さを取り戻すと、俺は小さく息を吐いた。


「少しばかり冷静さを欠いたな。実に愚かな真似をしたものだ」


「はい。わたしはいつも通りのグリム様が素敵だと思います!」


 俺の冷静な声に、アリスは安堵の笑みを浮かべる。そして、俺の右手を強く握り締めた。


 見ればグレーテルも安堵の息を吐いている。俺の視線に気付くと、気まずそうに微笑みを浮かべた。


「今日の目的は観光だったな。気を取り直して続けるとしよう」


「はい、お願いします! 次の場所も楽しみにしていますので!」


 アリスはニコニコと笑い、俺の右手を引っ張る。どうやら、この手を放す気は無いらしい。


 いつもの俺ならば、鬱陶しいと振り払っただろう。しかし、何故だか今はそんな気にならなかった。


 その手の温もりが、失われるのを寂しく思った。いつもの俺ならば有り得ない事だな……。


「やはり、まだ冷静さを欠いているな……」


「え、何ですか? 何か言いましたか?」


 振り返って不思議そうに問うアリスに、俺は首を振って答える。アリスは首を小さく傾げたが、すぐに笑顔で俺の手を引く。


 今だけはアリスの好きにさせよう。そう思って俺は、小さく笑みを浮かべた。

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