ヘンゼルの雑貨屋
パーティーを追い出された俺は、一先ず馴染みの雑貨屋へと移動した。このアンデルセンの街に住む、数少ない知人の店だからだ。
俺が店に訪れると、店主のヘンゼルは驚いた顔を見せる。そして、俺に対して不思議そうに問いかけて来た。
「あれ、グリムさん? こんなお早い時間に珍しいっすね?」
「ああ、少々困った事になった。相談する時間を貰えるか?」
ヘンゼルは小さく頷くと、店の奥に声を掛ける。妹のグレーテルへと店番を頼んでいた。
彼は俺を奥の部屋へと案内する。小さな応接間だが、テーブルやソファーは手入れが行き届いている。
俺とヘンゼルは向かい合ってソファーに座る。そして、俺は手短に用件を伝えた。
「ハインリヒにパーティーを追い出された。故に冒険者としての活動が困難になった」
「えぇ、マジっすか……。いや、そうなる可能性は考えてたっすけど……」
ヘンゼルは残念そうな顔で肩を落とす。しかし、何故か予想出来ていたらしく、思ったよりは驚いていなかった。
まあ、彼は他の人達に比べれば、幾分かマシな部類だ。話が早くて助かると考え、俺は彼へと問いかけた。
「一人でダンジョンに潜るのは困難だ。俺が冒険に出れねば、お前も困るのはわかっているな?」
「魔石が手に入らないんで、魔晶石が作れないんすよね? 確かにそれは困った問題っすね……」
ヘンゼルはすぐに理解を示す。彼にとっては死活問題なので、当然と言えば当然の反応だ。
何せ俺が卸す魔晶石により、この雑貨屋は利益を得ている。むしろ、店の売り上げの大半は魔晶石によるはずだ。
魔晶石とは魔道具の動力。高性能な魔道具ほど、高性能な魔晶石を必要とする。俺の精製した魔晶石は、他とは一線を画す性能を持つのだ。
そして、魔晶石の材料こそが魔石である。魔物を倒すと手に入る石で、ダンジョンへ挑む冒険者の基本的な収入源でもある。
「念のために聞くが、魔石を買い集める事は出来ないのか? それが出来るなら、俺がダンジョンに挑む必要も無いのだが」
「いやあ、無理っすね。魔石は冒険者ギルドが買い取って、全て錬金術師ギルドに卸してるっす。そんでグリムさん、錬金術師ギルドに嫌われてるっすから……」
確かに俺は錬金術師ギルドに嫌われている。冒険者ギルドに所属する前に、一度所属していたが追放されたのだ。
何せ奴等は愚か者だからな。錬金術の基礎も出来ておらず、俺からの指摘を理解する事すら出来ない。
余りにも愚かなので駄目出しを続けていたら、全ての錬金術師が敵になった。そして、俺はギルドを追い出されたと言う訳である。
「チッ、忌々しい奴等め……。ダンジョン低層での魔石集めも非効率だ。何か良い案は無いか?」
「一人じゃ休憩も出来ないっすからね。ならいっそのこと、奴隷を購入するのはどうっすか?」
ヘンゼルの提案に俺は眉を顰める。どうしてこの俺が、奴隷なんぞの世話をせねばならない?
俺は苦々しく口を開くが、彼は手を掲げて待ったを掛ける。そして、真剣な眼差しを俺に向けて来た。
「元々、ハインリヒさん達もグリムさんが育てた様な物っすよね? けれど、折角育てた仲間に逃げられては、労力を無駄にしたとは考えられないっすか?」
「……ふむ、一理あるな。Aランク冒険者の地位は便利だったが、それで元を取れたかと言われれば微妙な所ではある」
俺とハインリヒは共に15歳でパーティーを組んだ。そして、3年間も一緒に過ごし、Aランクの地位まで上り詰めたのだ。
そこには少なくない労力と時間を投資している。それが失われたと考えると、今更ながらに苦い思いが胸に広がる。
「ならば、次は絶対に逃げられない相手。契約魔法で縛った奴隷が最適だと思うんすよ。冒険中の護衛に限らず、身の回りの雑用も押し付けられるっすよ!」
俺はアンデルセンの街に家を購入している。生活の為と言うよりも、研究室を必要としたからだ。
ダンジョンで集めた膨大な資材の保管場所。そして、魔晶石の精製にも貴重な資材を必要とする。
いずれも高価な品で、持ち逃げの心配がある。それ故に、これまで家政婦を雇えなかったが……。
「なるほどな。契約奴隷であれば、貴重品を持ち逃げされる心配もないか」
食事や洗濯も手間である。それらの雑事を任せられるなら、研究に費やせる時間も増える。
契約魔法で縛った奴隷ならば、逃げられる心配もない。思ったより悪くない提案かもしれない。
「とりあえず、奴隷商まで一緒に行かないっすか? 気に入る奴隷がいた時だけ、購入を検討すれば良いんすから!」
「悪く無い提案だ。見聞を広める為にも、一度は訪れるべきだろう」
話には聞いた事があるが、奴隷商へと訪れた事は無い。俺には不要な場所と興味すら持たなかった。
しかし、知れば便利な場所かもしれない。何事も知らないよりは、知っていた方が良いに決まっている。
「それじゃあ、思い立ったが吉日っすね! 今から向かうとしましょう!」
「ああ、そうだな。時間を無駄にする事ほど、愚かな行為も無いのだから」
俺とヘンゼルは腰を上げる。そして、彼は妹に声を掛けると俺を伴い店を出る。
俺は新たな知識が増えると考え、悪くない気分で奴隷商へと向けて歩き出した。