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神聖教会

 俺は市場を歩きながら、串焼きの屋台を前に足を止める。そして、タレがかかった肉の串を一本買うと、それをアリスへと手渡した。


「もう少し肉を付けるべきだな。これも食え」


 獣人故か胃腸はそれなりに強いらしい。今ならばこの程度は消化に問題も無いはずだ。


 そして、アリスの手足は未だ細い。同じ年頃の子供比べても痩せ細っていると言える。


 今は肉を少しでも食べて、筋肉を少しでも付けるべきだろう。


「あ、ありがとうございます! グリム様!」


 アリスは右手で串を受け取る。ただ、困惑の表情で左手を見つめていた。


 そちらには複数のフルーツが刺された串。同じタイミングでグレーテルも買い与えたらしい。


「あはは、こっちも美味しいからさ! 歩きながらゆっくり食べてね♪」


「は、はい! ありがとうございます!」


 アリスは戸惑いながらも串に口を付ける。律義と言うべきか、肉とフルーツを交互に齧り出した。


 朝食を食べて間もないので、少し胃に負担が掛かるか? 疲れた様子を見せたなら、休める場所も見つけねばならないな。


 俺は市場を見渡す。大半の住人は俺の顔を知るらしく、遠巻きに恐る恐る様子を窺がっている。その代わりに、兎人のアリスへ集まる視線は少ない。


 今回の目的はアリスへ街の案内である。俺に視線が集まれば、アリスへの忌避の目が減る。そう考えれば、俺が出張った甲斐があると言うものである。


「アリスちゃん、これ可愛いね。お揃いで買ってみる♪」


「は、はい! 可愛いです! えっと、お金……お金……」


 グレーテルとアリスは、小物の屋台でポーチを買うらしい。値段の割には質も悪くない。グレーテルもその辺りは、商人の妹として目利きが出来ているのだろう。


 買い物については、グレーテルに任せれば問題無いな。一般的な女子が必要な物は、俺では判断が付かないからな……。


 そう思ってアリスを見守っていると、俺はふと嫌な視線に気付く。その視線は遠巻きではあるが、俺では無くアリスに向いていた。


「……アリス。神聖教会の存在は知っているか?」


「神聖教会ですか? いえ、わからないです……」


 俺の問い掛けに、アリスはしゅんとなる。自分の無知を恥じているが、それは気にする程の事では無い。


「神聖教会は人間至上主義の宗教だ。人間の多くが信者であり、亜人種の迫害を助長する組織でもある」


「亜人種の、迫害……」


 アリスの顔から血の気が引く。獣人も亜人の一種である、迫害を受けた被害者でもあるからな。


 グレーテルはそんなアリスを抱きしめ、俺に対して非難の眼差しを向ける。アリスを怯えさせた事を、快く思っていないのだろう。


 しかし、俺はそれを無視して、先程の視線の主へと指を指す。


「あそこを見ろ。白いマントを纏う者達がいるな? 彼等は神聖教会の神官だ。奴等には近寄るな。声を掛けられたら躊躇わず逃げろ」


「――あっ……! そういうことか……」


 俺の説明にグレーテルがハッとなる。俺の言いたい事が、ようやく理解出来たらしい。


「奴等は亜人を人の堕落した存在と見做す。亜人を虐待する事が正義と考えている。話は通じないので、アリスは決して関わるな」


「は、はい! わかりました!」


 アリスは青い顔でコクコク頷く。これで神聖教会の恐ろしさは理解出来たであろう。


 兎人であるアリスがこの街で過ごすなら、神聖教会は必ず理解しておく必要がある。


 一般の信者程度なら、主人を恐れて奴隷に手を出さない。しかし、神官レベルになれば話が変わる。


 奴等は信仰を盾にして、貴族の奴隷だろうと攻撃する事がある。多額の寄付があれば、免罪符も与えられるらしいがな……。


「……一応、警告はしておくか」


「えっ……?」


 俺は視線の主へと指を向ける。すると、俺の行動に彼等も気付く。その視線が俺へと移る。


 そして、俺は彼等の足元に炎の柱を発生させる。彼等はギョッとして飛びのくと、慌ててその場から逃げ出した。


「これで多少の牽制にはなるだろう」


「この街の住人なら、グリムさんの恐ろしさを知ってるからね。これでアリスちゃんも安全かな?」


 俺の行動に苦笑を浮かべるグレーテル。俺の警告が彼等を通じ、神聖教会へ伝わると考えたのだろう。


 しかし、それで油断するのは愚かな行為だ。彼等は警告を無視する可能性が高い。その時の為に、備えはしっかりしておくべきだ。


「……グリム様、ありがとう御座います」


 アリスはキラキラした目で俺を見上げていた。俺が何をしたのかは理解出来たらしい。


 しかし、これで満足されても困る。俺はアリスの頭をくしゃりと撫で、強めの口調で警告する。


「俺の目が届く範囲では守ってやる。しかし、俺の目が届かぬ場所では油断するなよ?」


「はい、わかりました! 周囲への警戒なら任せて下さい!」


 アリスは胸元でぐっと拳を握る。そして、半ばで切れた耳をピクピクと動かした。


 兎人族はその耳で周囲の音を良く拾う。彼等は種族特性として、本来はとても警戒心が強い者達なのだ。


「……ふむ、耳も早く治すとするか」


「――っ……⁈ お願いしますっ!」


 アリスは目の端に涙を浮かべて微笑む。本当に良く泣くなと思いながら、俺はその涙をそっと拭った。

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