リハビリ
魔道具のブーツを履いたアリスに、その場で性能を確認させた。その結果は、俺が思った以上に良好であった。
「アハハッ! アハハハハ! これ凄いです! 凄いですよ、グリム様!」
アリスは兎跳びの要領で庭を駆けまわっている。一蹴りで5メートル以上の距離を跳ね、目で追うのがやっと言う速さだ。
初めはグレーテルもその人間離れした動きに驚愕していた。しかし、今ではニコニコと嬉しそうなアリスを眺めている。
「うんうん! 凄いね、アリスちゃん! アリスちゃんが嬉しそうでお姉さんも嬉しいよ♪」
兎人族であるアリスは、元々が森林で生活する獣人である。広い空間を駆けまわる事を、本能的に体が求めるのだろう。
これまで彼女は地下牢に閉じ込められていた。その鬱憤は相当なものだと推測できる。それ故に好きにさせていたが、そろそろ止めるべきだろうな。
「アリス、そこまでだ! 戻って来い!」
「は、はい! すみません、グリム様!」
俺の呼び掛けてで、慌てて俺の元へ駆けよるアリス。顔は赤く上気し、肩で息をしている。そして、興奮が冷めると同時に、彼女は咳をし始める。
「ゴホッゴホッ……。あれ? 何だか体の調子が……」
アリスは足元がふらつき、その場でへたりと座り込む。その様子にグレーテルが慌てるが、俺は手で制してアリスへと水筒を手渡す。
「水を飲んで少し休め。それと体の状態を確認する」
「あっ、はい……。ゴホッゴホッ……」
俺はアリスの首に手を添え、彼女の体に魔力を流す。そうして、彼女の体内の状態を確認した。
アリスは水筒に口を付けるが、それ以外はされるがままだ。そんな彼女に俺は告げる。
「今朝も伝えたが病気は完治していない。体力を使うと今みたいに咳が出るだろう」
「えっ……。それって大丈夫なの? まだ、無理をさせない方が良かったんじゃ……」
グレーテルは心配そうにアリスを見つめる。そして、アリスはそんな彼女に申し訳無さそうな視線を向ける。
アリスからすると、はしゃいでグレーテルを心配させた。そう考えているのだろうが、俺はゆっくりと首を振る。
「アリスは兎人族だからな。少し体を動かした方が治りも早い。今日はここまでだが、この程度なら問題は無いだろう」
「うん、そっか……。グリムさんが言うなら間違い無いんだろうね!」
俺も治癒魔法を修得する際に、人体の仕組みは研究している。アリスの体をスキャンしているので、人と獣人の違いもある程度は把握済みだ。
病気とは言え、アリスは家に閉じ込めるべきではない。肉体的にも精神的にも、少しは外で自由にさせてやる方が良いのである。
俺は弱い治癒魔法でアリスの身体を活性化させる。そして、アリスに対して感想を告げる。
「やはり、あのブーツはアリスに合っているな。筋力が落ちているのにあの速度だ。健康な状態に戻れば、今の二倍は速度が出せるだろう」
「「えっ……?」」
アリスとグレーテルが共に絶句する。俺は凝視して来る二人に対し、やれやれと肩を竦めて説明する。
「アリスは二日前まで食事もまともに取らず、地下牢に閉じ込められていたのだ。本来ならばあんな風に走り回れる体では無い」
「――っ……?!」
グレーテルが顔を真っ青にする。彼女はその状態を直接見ていない。だから、今のアリスを見て健康だと勘違いしたのだろう。
「身体を活性化し、体力と筋力を僅かに補強している。とはいえ、それでも筋力は大きく衰えた状態にある。先程のアリスが見せた速度は、健康状態なら魔道具無しでも出せる速度でしかない」
「そうなんですか……? 私はあんなにも走れたんですか……?」
どうやら、アリス本人も自覚が無かったらしい。奴隷となってどの程度かは知らない。しかし、ここ数年は全力で駆けた事が無いのだろう。
ただ、今の俺はアリス以上にアリスの体を理解している。本来の彼女が持つポテンシャルは、こんなものではないと把握済みだ。
「毎日、朝と夕方に今くらいの運動を行うと良い。それで一月後には体も出来るだろう。ああ、それには十分な食事が必要となるがな」
「――任せておいてっ! アリスちゃんの健康管理は、私も全力でサポートするから!」
俺の言葉にグレーテルが反応する。グッと拳を握り締め、アリスに向かって力強く頷いて見せた。
俺は料理が得意ではない。食べれる物は作れるが、彼女程に美味しく作る事は出来ないだろう。
アリスが料理を覚えるまでは、グレーテルのサポートがあると助かる。彼女自身もその気なので、ここは素直に任せてしまおう。
「しっかり食べて、しっかり体を動かせ。そして、ぐっすり眠って体を作るんだ。俺の役に立つのはそれからだ」
「は、はい……。わかりました……。私、頑張ります……」
アリスの瞳にジワリと涙が浮かぶ。しかし、それを袖で拭うと、彼女はニコリと笑みを浮かべた。
そんなアリスを、何故だかグレーテルが抱きしめる。感極まった様子だが、何が琴線に触れたかは俺にはわからない。
俺は軽く肩を竦めて我が家へと戻る。そして、彼女に必要なサポートを考え、道具を揃える為に工房へと足を向けた。




