オリハルコン
朝食を終えた俺は、アリスとペローナを研究室へと呼んだ。二人へと新しい装備を渡す為である。
「ギガンテスのドロップにオリハルコンがあっただろう? あの解析が終わってな、新しい装備を用意してみた。これが二人用の装備だ」
アリスに渡したのは黄金の胸当て。そして、ペローナに渡したのは黄金の二丁拳銃だ。
二人がそれを興味深そうに眺めるのを見つつ、俺は二人へと説明を始める。
「オリハルコンの特性は『魔力を通さない』と言う物らしい。その特性を素直に生かしたのがアリスの胸当てだ。ただ、裏にミスリル加工の魔法も施しているので、魔法だけでなく物理的な防御力も上がる仕様に仕立ててある」
「思ったよりも軽いですね……」
アリスは早速とばかりに胸当てを装着する。いつものメイド服の上から付けれる様に、サイズ調整は完璧なはずだ。
そして、アリスの速度を落とさない様に、最軽量な作りとなっている。素材自体も軽かったので、アリスでも問題なく扱えるはずだ。
「メイド服も丈夫な作りだが、魔物の攻撃には気休めにもならん。即死さえしなければ俺が治療出来るので、それで急所の心臓を守れ。無論、頭部は守れないので、そこは絶対に攻撃を受けるなよ?」
「は、はい! わかりました、グリム様!」
本来ならば頭部の防具も用意すべきだろうが、これ以上の重量増加には不安があった。何せアリスの守りは回避が基本だからだ。
重量が増えすぎて速度が落ち、回避能力が下がっては意味が無い。そういう意味で、今回は胸当てだけに留めたと言う訳だ。
アリスが成長して更に体が出来たら。或いは実践の中で余裕があると判断出来たら。その時に改めて、装備の追加を検討すればよいだろう。
「そして、ペローナの銃は元々の銃より性能を上げた物だ。魔力を通さない特性を生かし、よりチャージが可能な仕様になっている。チャージの際の魔力ロスも皆無なので、今までと同じ使い方でも若干の威力向上が見込めるだろう」
「重さもサイズも全く同じ、か。今まで通りに仕えそうだな」
ペローナは魔導銃を三年間使い続けている。使用感が変わってしまっては、今まで通りに扱えない事も危惧したのだ。
それを防ぐ為に、重さとサイズは変えない事にした。無論、作ろうと思えば長距離用や、高威力な銃も生産は可能だ。
ただ、それはこのタイミングでは無いと言うだけ。何せ俺達は、これからダンジョン攻略へと挑むのだからな。
「異論が無ければ、ダンジョンには明日挑む。使用感を確認しておくなら、今日中に行っておいてくれ」
俺の言葉にアリスは頷く。既にその場ぴょんぴょん跳ねて、軽く重量の変化を確かめているな。
ただ、ペローナは怪訝そうに見つめながら、俺へと問い掛けて来た。
「グリムの新しい装備は無いのか?」
「無いな。俺はオリハルコンとの相性が良くない」
何せ俺の戦闘スタイルは魔法頼り。魔力無しの身体能力は、一般人とそれ程変わりが無いからだ。
攻撃は膨大な魔力で押し切るスタイル。その強化に二本のロッドを用意したが、アレはオリハルコンで代用出来るものでは無い。
防御も魔法で臨機応変に対応している。正直、魔物相手に距離を取れない事態は、既に俺にとっては詰みに近い状況なのだ。防具が役立つとは思えない。
しかし、ペローナは心配そうな目で、俺へとこう忠告して来た。
「それでもせめて、護身用に短剣でも持ってはどうだ? それなら邪魔にならないし、手札は大いに越した事が無いだろう?」
「短剣だと? 俺が使う機会があるとも思えんが……」
ただ、俺はふっと気になった事がある。魔力を通さないオリハルコンの短剣。それは魔物に対して、どう作用するのだろうか、という疑問だ。
これまで冒険者は強い魔力を持つ武器で、魔物の体を構成する魔力を削っていた。しかし、オリハルコンの武器ならば、ミスリル以上に易々と魔物を切り裂けるのではないだろうか?
「……まあ、試しに一本作るか。機会があれば使ってみるのも悪くないな」
「ああ、そうだな。いざと言う時に、案外役立つ事もあるかもしれんしな」
俺の返答にペローナは嬉しそうに笑う。素直な笑みを向けられた事に、俺は何故かドキリとした。
最近のペローナは感情を隠さなくなった。今まではどんな時も、常にすまし顔をしていたのにだ。
そのギャップに、俺はまだ慣れていないらしい。不意に見せる表情に、時々俺は動揺されられる。
「で、では、俺は制作に時間を使おう。二人は好きにして貰って構わんぞ」
「あっ、それならコーヒーをお淹れしますね! 少々、お待ちください!」
アリスはパッと笑みを浮かべて部屋から飛び出して行った。コーヒーの用意に取り掛かるのだろう。
以前に俺が褒めてから、アリスは頻繁にコーヒーを淹れてくれるようになった。毎回嬉しそうにコーヒーを持ってくるので、俺も何だかんだで毎日の様に飲むのが習慣化している。
「では、私もたまにはグリムの制作を見学するか。別に構わないか?」
「あ、ああ、好きにしろ。俺の邪魔にならなければ、別に問題は無い」
アリスも時々俺の横に座り、制作や研究を見学している。ペローナだけ断るのもおかしな話だからな。
ただ、椅子を持ってきて、すぐ側に座るペローナ。いつもより少し近い距離に、俺は何故だか落ち着かない気分になる。
「――ふうぅぅぅ……。よし、やるか!」
俺は自分に気合を入れる。そして、平常心を心掛けて、オリハルコンの短剣作りに取り掛かった。
ただ、今日はいつもよりも集中力が要求され、作業後はいつもより疲れる事になってしまった。




