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継承と浸食

 まだ朝は早く、アリスが朝食の準備を行っている時間。朝から研究室に籠っていると、ハーシーが俺の元へと訪ねて来た。


 ただ、今の彼女はウトウトと舟を漕いでおり、とても起きている様には見えない状況であった。


「ふむ、ティアマトか?」


『ああ、そうだ。話の続きと行こうか』


 彼女の提案に俺は頷く。そして、研究室へと招き入れて、向かい合って椅子に座る。


 一昨日は情報量の多さもあって、話を中断せざるを得なかった。そして、昨日は昨日でティアマトが眠りにつき、まったく話せる状況では無かった。


 まあ、こちらとしても情報を整理するのに、丁度好い時間だったかもしれない。頭が整理された今なら、前回よりは踏み込んだ質問も出来そうである。


「それでは質問の続きだ。まずはアリスの今後を確認したい。継承を行うと、彼女はどうなる?」


『アリスの変化を知りたいのか……。基本的にアリスはアリスだ。けれど、他人の人生の記憶を、彼女は引き継ぐ事になる』


「他人の人生の記憶……?」


 ハーシーの場合は、ティアマトの記憶を引き継いだと言う事だろうか? ただ、彼女は特例で分霊を憑依させているので、記憶の継承まで行われたかは不明だが……。


『アリスの人生は十年少々。そこに他人の記憶、数十年分が追加される。ベースはあくまでもアリスだが、その人格には多大な影響があるだろう』


「――っ……」


 ティアマトの懸念が理解出来た。記憶を継承すると言う事は、強制的に人生経験が加算されると言う事なのだ。


 喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。そういった経験が人格を形成し、その人物の思考を作り上げる。


 記憶の継承を行うと言う事は、他人の思考に支配される恐れがある。まったくの別人では無いにしろ、アリスだけが数十年の旅に出て、帰って来た状態になると言う事だ。


『女王やジークを見る限り、性格は大きく変わらない。それは元々が、似た思考や性格の者が継承者に選ばれるからだ。ただ、継承者には必ず起きる変化がある……』


「必ず起きる変化……?」


『そう、それは――魔物を激しく憎悪する、と言う事だ』



 ――魔物を激しく憎悪する。



 その言葉を聞き、ダンジョン内でのアリスを思い出す。ギガンテスを殲滅したアリスは、普段では考えられない程に好戦的だった。


 更には地下へと潜りたがっていた。記憶の継承はまだのはずだが、それに似た影響が既に見られていたのだ。


『私の知る限りだが、ダンジョンで繋がる世界は、いずれも魔物の影響で滅んでいる。何らかの無念を抱く亡霊が、この世界に想いを託そうとしているのだ。だからこそ、自らの世界を滅ぼされた恨みが、最も強く引き継がれてしまうのだ』


「自らの世界を滅ぼされた……」


 経験した事が無いのでわからないが、それは激しい憎悪なのだろう。そんな想いをアリスに押し付ける事を、ふざけるなと怒鳴りたい気持ちもある。


 しかし、この世界を同じ様に滅ぼされる訳にも行かない。スタンピートを起こさせない為に、アリスの継承は避けられないのだ……。


「……そもそも、何故この世界と滅びた世界は、ダンジョンで繋がっている? ダンジョンさえ無ければ、世界の滅び何て話も起きないのだろう?」


 そう、全ての原因はダンジョンにある。ダンジョンが無ければスタンピートも起きず、世界が滅ぶ危機だって無かったはずなのだ。


 無論、ダンジョンが無ければ困る事も多い。魔石が手に入らず、生活に必要な魔力が手に入らなくなる。


 いや、それどころか魔法が使えない可能性だってある。今更ダンジョンを無くす等、この世界の誰にも受け入れられない話なのだろうが……。


『私も詳しくはわからない。けれど、私の仮説ならば語る事が出来る。それはこの世界に、守護する神が存在しないからだろう』


「……ん? 守護する神が、存在しない……?」


『その通りだ。他の世界には神が居て、魔法が存在して、魔物も存在する。しかし、この世界には元々、神が居ない為か魔法も魔物も存在していなかった』


 常日頃から俺は『神は存在しない』と口にしている。けれど、それをハッキリ告げられるのは、中々に衝撃的な事実である。


 ティアマトは滅びた世界では神だった者だ。その言葉には一定の信頼が置ける。ただ、神聖教会が知れば激怒するだろうな。


『それ故に、浸食が容易なのだ。やろうと思えば、この世界を塗り替えられる。一度滅びた私の世界とて、この世界に再構築する事が可能だった』


「――っ……?! なん、だと……?」


 余りにも剣吞な内容に、俺は思わず言葉を失う。世界の再構築を行うと言う事は、元々あったこの世界が一度壊されると言う意味では無いのだろうか?


『けれど同時にダンジョンが開いた事で、その変化は限定的となった。ダンジョン周辺に住まう者だけが、人間から亜人種へと変化した。それ以上は互いのダンジョンが干渉し合い、大きく世界へ影響を及ぼす事が出来なかったのだ』


 俺はゴクリと喉を鳴らす。そして、改めて目の前の女性を見つめ直す。


 ティアマトの元では鳥人族。オズの元ではエルフ族。元々は人間だった者達が、そのダンジョンの元で再構築された結果、生まれたと言う事になる。


 つまり、滅びた世界の神々は、いずれも浸食を試みた。その結果として、小さな範囲にしか影響を及ぼせなかったとだけなのだ。


 今は敵では無いのかもしれない。けれど、決して信用出来る相手では無いのだと、俺は意識を引き締める必要があった。

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