世界の真実
三獣士の一人である鳥人族のハーシー。しかし、俺と向かい合って座る彼女は、自らを『獣達の母ティアマト』と名乗った。
「本来の体の持ち主……。つまり、ハーシーは通常眠りについており、その体はティアマト神が使っていると言うのだな。だが、どうしてそんな状態になっている?」
俺が問うとティアマトは頷く――いや、舟を漕いでいた。本体は眠っているらしく、非常にややこしい状況になっている。
ただ、その肉体に宿るティアマトは、関係なく淡々と説明を続ける。
『女王様からもダンジョンの深奥に辿り着いた者は、神から力と意思を託されると聞いているな? この子は力を継承する際に、古代遺物の代わりに母親――つまりは私を求めたからだ』
「古代遺物の代わりに?」
ダンジョンの深奥に辿り着いた者は古代遺物が手に入る。そして、それによって願いが一つ叶うと言われている。
そして、目の前のハーシーもダンジョン攻略者として知られる存在。何らかの古代遺物を手に入れ、願いが叶ったと思われている。
――しかし、それが神を宿すと言うのは、流石に規格外過ぎないか……?
「……例えば、同じくアリスが願えば、神をその身に宿せるのか?」
俺はティアマトへと問う。これからダンジョンを攻略するアリスに、同じ事が起き得るのかが気になったからだ。しかし、ティアマトは否定の言葉を伝えて来る。
『恐らくは状況が違うので無理だろう。この子は幼少期に、流行り病で親兄弟を同時に失った。そして、一人で泣きながらダンジョンへと迷い込んで来た。私はそんな可哀そうな子を守らずにいられなかった。その為、保護を目的にこの子を継承者と認めた』
保護を目的に継承者と認めた? つまり、ハーシーは自力でダンジョンを攻略していない?
それは流石に想定外だ。魔物が徘徊するダンジョンなのだ。力なき者が最奥へ辿り着く等、誰も想像出来ないだろう……。
『その結果、この子は力を求めず、自らを守ってくれる保護者の存在を願った。私はその願いを叶える為に、我が分霊をこの子に宿して守る事にしたのだ』
「分霊……。つまり、魂の一部を切り離し、ハーシーに与えた感じか?」
『その通りだ。神の魂全てを人の器に納める事は出来ない。いや、今の状態ですら負担が大きく、この子は大半の時間を眠らざるを得なくなってしまった』
何となくだが、状況は見えて来た。このハーシーと言う娘が、色々な意味で規格外な存在なのだと。
そして、神の分霊を宿す彼女は、言わば情報の宝庫。俺の求める未知を、数多く知る事が出来る存在なのである。
「ダンジョンとは何だ? 古代遺物とは何だ? どうして神々は、人へとその力を与えるのだ?」
この辺りはオズへも問い掛けた。しかし、ざっくりとした概要しか答えず、詳細については彼女もわからないと言っていた。
しかし、神であるティアマトであれば、異なった答えが返って来るはずだ。俺が前のめりに問うと、ティアマトは変わらぬ口調でこう告げた。
『ダンジョンとは滅びた世界に繋がる扉。古代遺物とは与える力を視覚化した物。神々が力を与えるのは、この世界の滅びを防ぐためだ』
「――この世界の、滅びを防ぐ……?」
再び飛び出す不意の言葉に、俺は言葉を失ってしまう。どうしてこうも、理解の追いつかない話ばかりが飛び出すのだろうか?
『扉を閉じねば、やがて魔の力がこの世界を覆う。それを防ぐには、この世界の人に力を与え、こちら側から封印を施す必要がある。その為に、滅びた世界の神々は、この世界の人へと残された力を継承しようとしている』
魔の力とは何だ? 魔法の事を言っているのか? 魔法の力が蔓延れば、やがて世界が滅ぶと言うのか?
ならば、ダンジョンこそが世界が滅ぶ元凶。そして、古代遺物はそれを防ぐ為の、神々の置き土産と言う事になるのか?
『女王様はエルフ族を守る為、千年間この世界の滅びを防ぐ為に奔走し続けている。私もこの子を守る為に、その活動に協力している。もう一人のジークも同じであろう。一族を守る為に、女王様へと忠誠を誓っている』
オズが世界を守り続けているだと? この国で最も忌み嫌われている魔女が?
世界の常識がガラリと変わって見える。これまで信じていた世界が、偽物だったと思える程に。
だが、どうしてオズは真実を語らない? どうして嫌われ者を演じる必要があった?
いや、真実を話しても信じて貰えないからか? だから、全てを背負うと決めて、誰にも頼らずに独立を貫いたのか?
色々な思考が渦巻き、次から次へと疑念が生れる。そんな状況の中、ティアマトは俺へと淡々と告げる。
『故に、アリスの継承を進めねばならない。それを拒むと言う事は、世界の滅びに加担するに等しいのだから』
「…………」
ティアマトの話を信じるならば、拒む事に意味は無い。一時はアリスの身を守れても、世界が滅べば元も子もないのだから。
しかし、それでも俺は歯噛みする。何が起こるかわからないのに、それでもアリスを危険に晒さねばならないことに……。




