観覧席
ペローナの治療を終えた俺は、彼女を伴って観覧席へと移動する。こちらに来いと言うオズの視線を受け、俺は嫌々ながらに彼女の隣に腰を下ろした。
「くふふ、中々にやりおる。未だ至っておらぬ身で、ジークを出し抜くとはのう」
オズの視線がペローナに向く。俺を挟んで反対側に座る彼女は、嫌そうに顔を歪めていた。
オズを嫌う気持ちは俺も同じだ。けれど、今はそれよりも彼女の言葉が気になった。
「何のことを言っている? 未だ至っておらぬ身とは?」
俺の問いに、オズは意味あり気に微笑む。しかし、俺の問いに答える気はないらしい。
仕方が無いので俺はその答えを諦める。そして、俺はその答えを何となくだが予想する。
――超越者……。
超越者とは種族の常識や限界を超えた者。目の前のオズもエルフ族の超越者。ハイエルフと呼ばれる存在だ。
そして、彼女の背後に立つ白髪獣人に視線を向ける。もしかするとジークと言う名の騎士は、獅子人族の超越者なのかもしれない。
先程の戦いでもまったく本気を出していなかった。見える魔力量を考えると、一割も魔力を使っていなかったはずだ。
ジークが先ほど降参したのも、本気を出したら殺す可能性があるから。それを主人であるオズが望まないだろうと考えたからだろう。
つまり、ペローナの手の内は全て晒したが、相手の手の内はまったく晒していない。オズとしては十分に目的を達成出来たと言う事になる。
勝ちは譲られたが、内容的には大敗である。敢えてそれを、隣のペローナに告げるつもりも無いがな……。
「さて、次は何を見せてくれるのかのう?」
楽しそうに闘技場を見つめるオズ。その先には、緊張した面持ちのアリスと、ぼんやりした表情の青髪鳥人ハーシーが対峙している。
なお、アリスはA級昇格を申請中で、才能は兎も角として経験値的には不安が大きい。S級と言う格上相手に勝つのは難しいだろう。
しかし、先ほどのペローナの件があった為か、オズは興味深そうにアリスを見つめる。何を見せてくれるのかと、期待値が非常に高そうであった。
「まあ、勝っても負けてもどちらでも良いが……」
どうせアリスの手札を隠したままでは、オズは決して満足しないだろう。アリスの手札を隠し通せるとは俺も思っていない。
そして、アリスは未だに発展途上。今のアリスを知られた所で、その未来の実力が測れるとも思っていない。
だからこそ、この戦いでアリスが何かを掴めれば良い。勝ち負けよりも、そこに意味があると考えているのだが……。
「――ん? 何だ、アレは……?」
俺はアリスの対戦相手を見つめ、思わず呆然と呟く。魔力の扱いに長けているとは思っていたが、とんでもない事をやらかしていた。
この闘技場一体に、彼女の魔力を微細な粒子として散布しているのだ。いわばこの闘技場全てが、今や彼女のテリトリーと言っても過言ではない。
やろうと思えば俺でも出来る。しかし、とんでもない集中力と魔力を消費する事になる。こんな無駄が多い魔法の使い方を、俺はやりたいとは思わないのだが……。
「いや、待て……。何だあの魔力の器は……?」
俺はギョッと目を剥く。あの青髪鳥人は細長い体に薄手の衣。さらには巨大な胸と、何となくアンバランスさを感じていた。
しかし、改めて見るとその異常さが際立つ。眼鏡を通して見える魔力が、その双房にとてつも無い魔力を蓄えていると示していた。
魔力の器が二つ――左右の乳房にあると言うの意味不明だ。更にはその魔力の器は、それぞれが今のアリスと同程度の魔力量を誇っている。
先程までは見事に制御されて欺かれたが、魔力量だけで言えば俺を超えている。下手をすればオズに匹敵する魔力量ではないだろうか……。
『――女王様、始めて宜しいでしょうか?』
耳元で聞こえた声に、俺はビクリと肩を震わせる。この声はハーシーが届けた物だ。
ただ、余りに自然で繊細な魔力制御だった為、魔法の発動を見る事が出来なかった。
「ああ、構わぬ。好きに始めるが良い」
オズは特に声を張り上げるでも無く、小さな声で返事をする。すると、本来なら聞こえるはずの無い距離なのに、ハーシーはコクリと頷くアリスに視線を向けた。
ハーシーは魔力の色が緑。アリスと同じで風属性の魔法を扱える。しかし、その扱い方は恐らく、アリスの様な一般的な使い道では無い。
「空気……。そして、音か……?」
「くふふ、流石はグリムじゃな」
俺の呟きにオズがニヤリと笑みを向ける。どうやら俺の推測は正しかったらしい。
そうなると何の情報も持たないアリスでは、初見での対応が困難かもしれない。アリスにとっては何をされたか、わからない状況で戦う事になるだろう。
――だが、これはこれで面白い……。
ハーシーが使う魔法に興味をそそられる。風属性限定とは言え、俺に匹敵する魔法使いの戦いは、そうそうお目にかかれないからな。
そして何より、アリスがどう対処するかだ。俺の助言が無い中で戦う事になる。彼女がどう立ち回るのか、俺はそれを見てみたかった。
命の取り合いでも無く、勝ち負けも拘る必要が無い。オズの要望で始まったこの手合わせを、俺は少しばかり楽しみ始めていた。




