奴隷の獣人(アリス視点)
用意頂いたメイド服は、とても着心地が良いです。これまで着ていた麻布の服とは全然違う。柔らかくて、温かくて、着ているだけで幸せな気持ちになれます。
それになによりも可愛らしい。兎人の里で暮らしていた時も、こんなお洒落な服を着た事はありません。まるで自分がお姫様になったみたいに錯覚します。
わたしはウキウキした気持ちで街を歩きます。周りからの蔑みの視線もありません。まるで自分が人に戻った気分です。
そんなわたしと手を繋ぐグレーテルさん。彼女はニコニコと笑みを浮かべ、わたしに対して声を掛けます。
「良かったね、アリスちゃん! グリムさんに大切にして貰えそうで♪」
「は、はい! こんな幸せな日が来るなんて、夢を見てるみたいです!」
本当にこれは夢ではないよね? だって、少し前までわたしは、暗い地下牢で死に掛けていたのだ。
嬉しいと怖い気持ちが半々。何が起きたかわからず、未だにわたしは夢を見ている気分だった。
「ただ、予め言っておくね。グリムさんは悪い人じゃない。けど、凄く口が悪くて、誤解されやすい人なんだよね……」
「誤解、ですか……?」
グリム様が悪い人とは思えません。わたしの言葉に耳を傾けてくれるし、わたしをケモノと蔑む事も無いからです。
これまでの主人と比べれば、悪い所なんて一つも無い。そんなグリム様の、何が誤解されると言うのだろうか?
「グリムさんって、人より頭が良過ぎるのよ。それで、他人がどうしてそんな馬鹿な事をするんだって、理解出来ない所があるのよね……」
「頭が良いのに、理解出来ないんですか……?」
わたしは頭が悪いから、それがどういう意味かわからない。けれど、グリム様が頭の良い人だって言う事だけはわかる。
馬鹿なわたしでもわかる様に話してくれる。魔法を使って他の人が出来ない事も出来てしまう。わたしにとっては神様みたいな存在です。
「だから、困ったら私か兄さんに相談してね? 出来る限りのフォローは……」
何故だか悲しそうに微笑むグレーテルさん。しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
「おいおい、見ろよ! 人様の街をケモノが人のフリして歩いてやがる!」
「――っ……?!」
その声にわたしはビクリと震える。声の方に視線を向けると、大柄の男性四人がこちらを見ていた。
彼等は赤い顔でこちらに近寄る。グイッと顔を寄せて来て、その口からはお酒の匂いが感じられた。
「何よあんた達! こんな朝っぱらからお酒なんて飲んで!」
「なんだぁ、テメェは? 俺達がCランク冒険者の『ブレーメン』と知って言ってんのかよっ?!」
絡んで来たのは面長な馬に似た顔の男性。彼は大柄な体躯で、体も金属の鎧や剣で武装している。
更にはその後ろから、赤いトサカの様なモヒカンの男が迫る。彼はグレーテルさんの腕を掴んで、ニタニタと笑っている。
「悪くねぇな。俺達と一緒に呑みに行こうぜ?」
「行かないわよ! この手を放しなさいよっ!」
グレーテルさんは抵抗するが、その手を振りほどく事が出来ずにいた。彼等は冒険者と言うだけあり、荒事を得意とする人達なのでしょう。
わたしはどうして良いかわからずガタガタと震える。すると、残りの二人がヒソヒソと話し合っていた。
「おいおい、あれってメイドだろ……? 貴族の従者だったらヤバイんじゃねぇのか……?」
「貴族が獣人奴隷をメイドにしねぇって……。メイド服も貴族が好むデザインじゃねぇし……」
確かにわたしも貴族が主人だった事がある。その主人はわたしを玩具にしても、人として扱う事は無かった。
だから、少しでも知ってる人ならバレてしまうんだ。ケモノであるわたしが、本物のメイドであるはずが無いって……。
「許せねぇなあ? ケモノ風情が人の真似なんてよ! こいつは躾が必要だなぁ……!」
馬面の男性が拳を振り上げる。わたしは過去の暴力が脳裏を過り、思わず両目をギュッと閉じる。
あの痛みが再び蘇る。玩具として暴力を振るわれ、ただひたすらに耐え続ける日々が……。
――バチンッ……!!!
何かが弾ける音がして、わたしは驚いて目を見開く。すると、何故だか馬面の男性は、気を失って倒れていた。
その光景を前に三人の男達が顔を見合わせる。そして、顔を引き攣らせながら話し合いを始める。
「今のって、まさか……。カウンターマジック……?」
「誰も魔法なんて……。いや、まさか魔道具か……?」
「それこそ有り得ない……。そんな高価な魔道具を……」
「奴隷に与える酔狂なやつ……。いや、そんな訳が……」
トサカの男性はグレーテルさんからそっと手を放す。そして、恐る恐ると言った態度で、彼女に対して問い掛ける。
「あの、お嬢さん……。もしかして、この奴隷の主人って……」
「そうよ! A級冒険者のグリムさんよ!」
「「「――ヒエッ……! 狂人グリムの奴隷だって……?!」」」
途端に顔を青くして、震えあがる三人の男達。トサカの男性は懐から金貨を取り出す。
そして、グレーテルさんに金貨を握らせると涙目で叫ぶ。
「ち、違うんだ! 俺達は知らなかっただけだ! 頼むからこの事は秘密にしてくれ!」
「あっ、ちょっと! こんな金貨なんて必要ないわよ!」
グレーテルさんは叫ぶが、彼等の耳には届かなかった。倒れた仲間を抱えると、彼等は一目散に去っていったからだ。
わたしはその背中を唖然と見送る。そして、彼等の口にした「狂人」が何を意味するのか。それだけが気になって仕方なかった。




