反逆の牙(ペローナ視点)
肌がひり付き身は竦む。ジークの放つ気迫に、私は恐怖を感じているのだろう。けれど、私の五感は研ぎ澄まされて行く。
相手は格上でS級の実力者。その相手が本気で私を攻撃しようとしている。恐らくは、次の一撃で終わらせるつもりなのだろう。
――けれど、私は負ける気はない……!
極限の集中力が時間の流れをゆっくりと感じさせる。ジークの腰が落ちて、飛び出すタイミングを見定める事が出来た。
私はバックステップで距離を取り、相手に牽制の魔弾を放つ。ジークはその魔弾を一切気にせず、鎧で弾きながら突っ込んで来る。
拳銃のチャージは間に合わない。彼の迎撃には使えない。いや、それ以前に私の魔弾が通用する相手ですらないのだろう。
振り上げられるポールアックスを目に、私は最後の切り札を使う事を決める。私は内に溜めていた魔力を開放し、周囲一帯に真っ暗な闇の空間を展開した。
「無駄だっ! 今更そんな目くらましが、通じると思ってんのかよ……!」
ジークは叫びながらポールアックスを振り下ろす。その軌道を見る事は出来るが、私の体はその速度に付いていく事が出来ない。
彼の狙いは突き出された私の両腕。彼の放った白刃は、易々と私の両腕を切り飛ばした。
――ドクン……!!!
死の危険を感じた体が、生き残ろうと覚醒する。これは決して真っ当な身体強化では無い。
本来体がもつ制限を解除する、火事場のくそ力の様なもの。狂化と言う闇魔法である。
――ギュン……!!!
この一瞬だけ、私の速度はジークを超える。闇の中で相手は私が見えない。けれど、何かが起きた事だけは感じたらしい。
私には彼の警戒した表情が良く見える。けれど、それが見えたのは一瞬だけ。私はジークの背後へ回り込み、その首筋に私の牙を突き立てた。
「ぐっ……?! 往生際が悪い……!」
ジークは私を振り払おうとする。しかし、私は両足で彼の腰を締め上げ、決して彼の首から牙を離さない。
腕から流れる血が、更に私の底力を引き上げる。決して死んでなるものかと、私は突き立てた牙から彼の血を啜り始める。
「何をしてやがる……! まさか、血を飲んでんのか……?!」
自らの血を飲まれていると知り、ジークは一瞬だが身を震わせた。そして、焦った様子で再び私を振り払おうとする。
しかし、彼はガクリと膝を折る。彼は自らの体から力が抜けていると知り、その事実に驚愕しているみたいだった。
――生命吸収……。
これこそが私の持つ、本当の意味での最後の切り札。対象の血肉や魔力から、私の失われた血肉を回復させる闇魔法だ。
私が生命の危機にある程、その吸収効果は高くなる。今の私は彼の体力も魔力も奪い、彼が使っていた身体強化の魔法すら奪っている。
今この瞬間だけは、私の身体能力がジークを上回る。狂化が切れる前に、ジークから全てを奪い取れば私の勝ちだ。
もし、奪いきれなければ私の負けとなる。けれど私は決して負けない。私はいつだって不利な状況でも、こうやって生き残って来たのだから……。
「――こ、降参だ! 俺の負けだ……!」
未だ雌雄は決していない。私の隙を付くための嘘からもしれないと、私は無視して血を吸い続ける。
すると、ジークは慌てて私に対して捲し立てる。
「おい、聞けよ! これは殺し合いじゃねぇんだぞ! 腕試しだって忘れてねぇかっ?!」
確かにそんな事を言っていた気はする。魔女オズは私達の実力を知りたいと、闘技場まで作ったのだ。
しかし、ここで止めるのも難しい。血を啜るのを止めると、今度は私が失血死しかねないからだ。
どうすべきかと悩んでいると、私の肩がポンと叩かれた。
「もう良い、ペローナ。お前の勝ちだ。腕を治療するぞ?」
チラリと視線を向けると、私のすぐ側にグリムが立っていた。そして、彼は左手に私の両腕を抱えている。
グリムがそう言うなら、本当にもう良いのだろう。私はジークの首から牙を抜き、彼の背中から降りる。そして、グリムへと斬られた両腕を差し出した。
「まったく無茶をする。まあ、勝とうと思えば、ああするしか無かったろうがな」
「ああ、その通り。私はグリムの右腕だからな。無様な敗北をするつもりはない」
グリムは黙々と私の両腕を治療し続ける。そんな彼に、私は胸を張って宣言する。
これは私の覚悟だ。彼の為に強くなると決めた。そんな今の私は、格上のS級にすら届くと証明出来た。今ならば堂々と、グリムの右腕を名乗っても問題ないだろう。
「……ペローナだったな。あんた普段から、こんな戦い方してんのか?」
声を掛けられ視線を下げると、ジークは首を押さえて座り込んでいた。
そして、彼は呆れた視線で私を見上げている。私は鼻を鳴らすと彼に告げた。
「私はお前とは違う。生まれながらの弱者だ。勝つ為なら何でもする」
そう、私は自分が弱い事を知っている。獣人が持つ優れた肉体を持っていない。グリムの様な頭脳も、アリスの様な才能も無い。
だからこそ、限られた手札でやれる事をやるしかないのだ。例え手足を失おうとも、最後に生き残れば私の勝ちだ。
それとグリムが居れば、失った手足も何とかなる。だかこそ、こんな無茶な戦い方を出来ると言うのは有るのだろうがな。
「おっかねぇな。俺はもう二度と、ペローナを敵に回したくねぇよ」
ジークは疲れた口調とは裏腹に、カラッとした笑みを私に向けていた。どうやら私は彼に認められたらしい。
「ふっ、そうか」
それは小さな出来事だけど、私にとっては大きな自信となった。私の生き方は間違って無かったのだと、何となくそう思えたたからだ。




