黒 vs. 白(ペローナ視点)
獅子人獣人のジークは、ポールアックスを構えて待つ。私から先に動けと言うつもりらしい。
様子見と言うよりも、余裕を見せていると思うべきか。相手は格上のS級冒険者。私を下に見ていてもおかしくはない。
ならば、こちらはその油断を利用させて貰うとしよう。私は二丁の拳銃に魔力をチャージし、小手調べとばかりに時間差で放つ。
――ヒュン……ヒュン……
しかし、その魔弾はポールアックスが易々と切り裂く。やはりと言うべきか、あのポールアックスは魔力を帯びている。あれも魔道具の類なのだろう。
私は闘技場を駆け、距離を保ちながら狙撃を続ける。接近戦は相手の方が有利だからな。接近せずに隙を伺うのは狙撃手のセオリーだ。
何度か狙撃するも、悉く切り裂かれる。流石は最高位の獣人と言うべきか、私の魔弾の速度では簡単に見切られてしまうな。
「ならば……」
「うん……?」
――ヒュン……ヒュヒュン……
二発目の狙撃を敢えてチャージせず、二連撃にする小技を交えた。合計三発の魔弾だったが、相手はそれも易々と切り裂く。
私の狙撃が二連撃だけと錯覚していれば、掠る程度はするかと思ったのだがな。相手は王国に名高い三獣士の一人だけあり、そこまで甘くはないらしい。
というか、『姿隠し』の魔法も通じていない。私の姿を数歩ずらして投影しているのに、その幻影にはまったく視線を向けてくれない。
「チッ、化け物め……」
これでも私はA級冒険者。アンデルセンのダンジョンで、深層に潜れるだけの実力があるのだ。
それにも関わらず、ここまで力が通用しないとはな。流石の私でも少しばかりショックである。
「……おい、いつまで遊んでやがる。小手先の技が通じないのは理解してんだろ?」
ジークが苛立った様子で私を睨む。しかし、私はそれを気にせず魔弾を打ち続ける。
ジークはその魔弾も易々と切り裂く。そして、大きなため息と共に私へと吐き捨てる。
「まさか、こんな小技が全てなのかよ? 女王様が気に掛けるから、どの程度かと思ったんだがな……」
あからさまな侮蔑の視線を向けながら、ジークはポールアックスを肩に担ぐ。未だ戦闘中だと言うのにどういうつもりだ?
私は怪訝に思いながらも魔弾を放つ。そして、その魔弾はジークの胸へと吸い込まれ――はじけ飛んだ。
「――なっ……?!」
私は思わず声を漏らす。まさか、防御もせずに防がれるとは思わなかった。
あの軽鎧も魔道具なのだろうか? そう疑問に思う私に対し、ジークは苛立った口調でこう告げた。
「俺は光魔法の使い手で、大抵の魔力は弾き返す。光魔法は身体強化を得意とする属性なんでな」
何となくだが、それは理解していた。相反する私の闇属性が、相手の弱体化を得意としているからだ。
「だから、俺は魔法使いとしては例外的に、体を鍛える事に意味がある。この肉体を鍛え上げれば、その能力を何倍にも伸ばせる。そして、肉体を鍛える事で魔力量が上がり、魔法に対する耐性も上げる事が出来るって訳だ」
それも何となくだが理解している。私の生まれ育った狼人の里でも、戦士達は似た戦闘スタイルだった。
彼等は体を鍛えて、それを魔力で補強する。ジーク程の肉体も魔力量も無かったが、その極地が目の前に居るジークなのだろう。
「それをわかってねぇのか? 何でそんなにチンタラやってやがる! 実力もねぇくせに、主人を守れると思ってんのかよ!」
私は足を止め、射撃も止める。必死に何かを訴えるジークを、私はまったく理解出来なかった。
どうせ戦闘とも呼べない状況だ。彼の言葉に耳を傾けても、互いに何のデメリットも無いだろう。
「……何なのだお前は? 私に何を期待している?」
「獣人の意地を見せろって言ってんだよ! テメェもいずれは群れを率いるんだろうが!」
本当にこいつは何を言っている? 群れを追い出された私が、群れを率いる訳が無いだろう?
どうもジークは、私の生い立ちを理解していない。だからこそ、自分本位にわめいているのだ。
「テメェが負ければ一族は滅びる! そういう未来が起こり得るって、わかってんのかよ!」
「……知らん。私にはどうでも良い事だ」
私は小さく吐き捨てる。例え狼人の里が滅びようとも、最早私にはどうでも良い事だ。
けれど、ジークにとってはそうでは無いらしい。彼はすっと目を細めると、低い声でボソッと呟く。
「本当に、獣人の誇りは無いのか……」
――ゴッ……!!!
「ごほっ……?!」
気付くと私は吹き飛ばされていた。腹部を蹴られたらしく、激しい痛みと共に地面に転がされる。
辛うじて動きは見えた。アリスの時みたいに見えなかった訳では無い。けれど、その動きに体が反応出来なかったのだ。
私はゆっくりと立ち上がる。ダメージは小さくないが、まだ戦えない程では無い。
「意地も無い……。だから、実力も無い……。ならば、俺の見るべき物は無い!」
ジークは立ち上がった私に対して構えを取る。ポールアックスの先端を、真っ直ぐに私へと向ける。
「時間の無駄だったな。次で終わらせてやるよ」
ビリビリと肌が震えている。ジークが強い魔力を使った事で、私は軽い威圧を受けているらしい。
恐らくは次で決めるつもりなのだ。彼は魔力で身体を強化し、私では捉え切れない一撃を放つのだろう。
「チッ、この化け物が……」
グリムと出会い、ダンジョンに潜り、何度この言葉を吐いた事だろう。それでも私は、その化け物に挑み続けるだけだった。




