騎士ジーク(ペローナ視点)
くり抜かれた大地の底に、押し固められた大地。多少の事では壊れないし、周囲への影響も心配する必要はなさそうだ。
この闘技場を短時間で作ったとは恐れ入る。やはり、S級の冒険者と言うのは、グリムに匹敵する程の規格外なのだろう。
私は空を見上げる。青い空には雲一つなく、白日に晒された大地に影は無い。遮蔽物すら無いフィールドは、私にとっては決して有利とは言えなかった。
けれど、それを言い訳をするつもりは無い。私はあのグリムの右腕なのだ。例え相手が何者だろうと、無様な姿を晒す気は無いのだ。
「よう、わんころ。匂いまでは隠せてねぇぜ?」
私は視線を下ろし、目の前の相手を見る。そこには白髪の獣人――三獣士のジークが立っていた。
彼は組み立て式の長斧である、ポールアックスを肩に担いでいる。体を覆う軽鎧に、筋肉質な立派な体躯。彼は近中距離を得意とする、前衛タイプのファイターみたいだ。
「そうだろうな。獣人相手に隠せるとは思っていない」
「ハッ、獣人相手だと? 一流の魔法使いなら獣人で無くても気付くぞ!」
その言葉も間違っていない。私の『姿隠し』の魔法は、私と同程度以上の魔力を持つ者には意味が無い。
けれど、そんな存在は世界中でも一握りしか居ない。私達のアンデルセンの街では、グリムとアリスの二人だけしかいないのだ。
だから、私にとっては何の問題も無い。それを指摘する意味が、私には理解出来なかった。
「何が言いたい? お前は何に苛立っている?」
「テメェのその根性だよ! 何故、テメェは姿を偽る!」
そんな事は決まっている。獣人は迫害の対象であり、そのままでは人間の社会で暮らして行けない。
そこに溶け込むには人に化けるのが一番なのだ。それをどうして、こいつは咎めて来るのだ?
「わからねぇって顔だな? なら、お前はどう考えてる? 獣人は人よりも劣る種族なのかよ?」
「そんな事は無い。個としての能力で言えば、獣人は人間よりも優れているだろう」
勿論、身体能力だけで言えばそうだ。獣人は獣の特性を持つ故に、それぞれに人間以上の能力を持つ。
けれど、それが種として優れいるとも言えない。獣人は獣人で種族毎に縄張りを作り、手を取り合えないと言う致命的欠陥を持っているのだから。
「なら、どうして姿を偽る! 本来の姿を晒さない! テメェに獣人としての誇りはねぇのかよ!」
「獣人の誇りだと? ふん、そんなものは無いな」
私は狼人の里を追い出されたのだ。狼人の里では居ない者として扱われていた。そんな私に、獣人としての誇りなんて有る訳が無い。
しかし、目の前の男は違うのだろう。獣人らしい獰猛な顔で、私を睨んで激しく罵る。
「強者が群れを率い無いでどうする! テメェが背中で語らねぇでどうする! それだけの強さを持ちながら、どうしてテメェは人間に媚びてんだよ!」
私の体温が下がっていくのを感じる。この男と私では、考え方までまったくの真逆らしい。
恐らくは彼は獅子人の獣人。獣人の中でも特に戦闘に秀で、プライドの高い種族だったはずだ。
そんな彼からすると、私の姿は卑屈に映るのだろう。強い力を持ちながら、一族の為でなく人間の為に戦う私の姿が……。
「……一つだけ訂正しておこう。私は人間に媚びているのでは無い。私のこの力は、グリムの為に使うと決めているだけだ」
意外な事に、相手は何も言い返さなかった。てっきり、先ほどの調子で突っかかって来ると思っていたのに。
そして、彼はしばし何かを考え込んだ後、ポツリと私に問い掛けて来た。
「……忠誠を誓ってんのか?」
「まあ、似たようなものだ」
別に私は騎士でも何でも無い。仲間であるグリムに忠誠を誓ったりはしていない。
けれど、グリムの為なら命を賭けられる。そういう意味では、忠誠に似ていなくもない。
「ハッ、なるほどな! それなら納得だ!」
目の前の男はニッと笑う。何が彼の琴線に触れたのか、先ほどまでの険悪さは綺麗さっぱり消え去った。
そして、自らの胸をドンと叩いて、彼は私に宣言する。
「かく言う俺も女王様に忠誠を誓う騎士! 女王様と一族の為なら、この命を賭ける覚悟がある!」
「そ、そうか……?」
女王様とはエルフの女王オズの事だろう。何度か彼自身の口から、そういう言葉が出ていたからな。
ただ、アレに忠誠を誓う感覚がわからない。あの陰湿な魔女に、人望なんて物があるのだろうか?
私が戸惑っていると、彼は肩のポールアックスをクルリと回す。そして、それを構えて私に告げた。
「良いだろう! テメェの覚悟を俺に見せてみやがれ!」
「……言われるまでも無い」
私は腰のホルスターから二丁の拳銃を引き抜く。グリムによって作られた、私専用の魔弾を放つ魔道具だ。
それを私が構えると、目の前の男は声を張り上げた。
「獅子人族の次期族長、騎士ジークだ! さあ、どこからでも掛かって来い!」
「……魔弾の射手ペローナ。いざ、参る」
私はジークと名乗るこの騎士の、妙に高いテンションが馴染まなかった。しかし、無視をするのも悪いかと思い、最低限合わせながら戦いを開始した。




