魔女の要求
俺とケロッグ子爵は並んでソファーに座っている。その背後にはアリスとペローナが控えている。
向かいのソファーにどかりと腰かける魔女オズ。その背後には三人の従者が控えている。彼らが世に有名な三獣士だ。
右から白髪の男。筋肉質で粗野な雰囲気を醸し出す。俺の見立てでは獅子系の獣人だな。
左は青髪の女。ひょろりと細長いが胸だけがデカい。羽を持つ事から鳥人系の獣人で間違いない。
中央はよく分からない。銀色の鎧で全身を包んでいる。三獣士の一人なので、いずれのかの獣人ではあるのだろうが……。
「さて、グリム。いつ結婚する?」
「しない! 未来永劫ずっとだ!」
オズが挨拶代わりに求婚して来る。俺はそれをいつもの如く突っぱねる。
オズはそれを愉しそうに笑うだけ。俺の拒絶など気にも留めず、にやけ面で俺を見つめる。
「まあ、良かろう。今しばらくは独身期間を楽しむが良い」
オズはエルフ族の女王。そして、彼女は千年の時を生きたハイエルフだ。
彼女にとって数年と言う単位は、人の感覚で数日程度。俺との結婚を急いでいないのは、俺にとっての唯一の救いでもある。
「ちっ、それで本題は何だ?」
俺はこいつと無駄話をしたい訳では無い。さっさと話しを付けて、こいつにはお引き取り願いたいのだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、オズはずいっと身を乗り出した。
「お前達の今の実力が見たい。余の三獣士と手合わせして貰おうか」
「三獣士との手合わせだと?」
オズの背後の三人に視線を向ける。彼等は既に知らされていたらしく、そこに一切の反応を見せていない。
まあ、そこは別に構わない。俺としても三獣士には興味がある。具体的にはどんな戦い方をするのか、この目で見てみてたい気持ちがあるのだ。
しかし、俺はオズの視線が気になっていた。先ほどからオズの視線が、アリスに対して何度も向いていたからだ。
「まあ、手合わせ等と言う野蛮な行為より、余のプルリンを使っても……」
「良いだろう! 貴様の三獣士と手合わせしてやる!」
俺は反射的に立ち上がって了承してしまった。その事で内心では強い後悔を覚える。
こういう弱みをオズに見せるべきではない。そうわかっているのに、この魔女を相手にすると簡単に手玉に取られてしまうのだ。
とはいえ、この状況では仕方が無いのも確かだ。こいつは言った事は何でも実行する。どんな手段を使おうとも、必ず実行する奴なのだから。
「それでは、ケロッグ子爵。街道脇に空き地があるな? そこに闘技場を作らせて貰うぞ」
「ええ、わかりまーーって、闘技場を作る?」
何を言われたかわからず固まるケロッグ子爵。しかし、オズは合意が得られたと判断し、背後の銀鎧に視線を向ける。
「ブリジット、闘技場を作りに向かえ。使用は今回のみだからな。細工を施す必要は無いぞ?」
オズの指示に銀鎧はコクリと頷く。そして、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、扉から外へと出て行った。
登場時みたいに、窓ガラスを突き破って出たりはしなかったな……。
まあ、あの登場自体はオズの趣味で、俺達を驚かせたかっただけなのだろう。そして、三獣士達は付き合わされただけだろうな。
「ジーク、ブリジットの補佐を。邪魔する者は適当に追い払え」
「あいよ、女王様。そんじゃ、ブリキ野郎を追いかけますわ」
オズの指示を受け、白髪の男も後を追う。残された三獣士は青髪の鳥人のみ。ただ、彼女は視線が定まらぬ目でボンヤリと立ち尽くしていた。
「――って、カカシ野郎! テメェ、寝てんじゃねぇ! 女王の護衛役だろうが!」
「――ふあっ……?!」
部屋を出かけた白髪獣人が、振り返って鳥人の女に怒鳴りつける。それで目を覚ましたのか、女は驚いた様子でキョロキョロしていた。
「くっくっく。構わんよ、ジーク。ハーシーはこれで良いのだ。余に護衛など必要ないのだからな?」
愉しそうに笑いながら、オズの視線が俺に向く。その視線はどこか挑発的でカチンと来る。
この魔女は誰も自分を傷付けられないと豪語している。そして、お前にはそれが出来るのかと、視線で問い掛けているのだ。
命がけで挑めば一矢報いる事は出来るだろう。しかし、それが非常に困難であるとわかる俺は、やはり内心で歯噛みする事しか出来なかった。
「まあ、少々茶でも飲んで待つとしよう。なぁに、そう長くは掛からんさ」
「はぁ、そうですか……?」
ケロッグ子爵はぼんやりとした返事を返す。状況についてこれず、もう好きにしてくれとでも思っていそうだな。
オズはテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。それはケロッグ子爵が用意した紅茶だ。相手が相手だけに、最高級の品が出されているのだろう。
オズは優雅に口を付け、香りを楽しむ様に目を細める。その一瞬だけは毒気が抜けて、只の美人と言える表情が浮き上がって来た。
「……やはり、俺はお前が嫌いだ」
「くっくっくっ。そうかそうか」
俺の呟きにオズが笑う。それは毒気交じりであったが、ある意味でとても無邪気な笑みであった。




