魔女襲来
俺は出されたコーヒーを口にして、ようやく気持ちを落ち着ける。ただ、アリスのコーヒーを飲んだ後では、他のコーヒーを旨いとは感じないな……。
まあ、それはさておき、話を戻さねばなるまい。王国の魔女に関する情報を、少しでも集めておく必要があるのだからな。
「それで、どこまで情報を掴んでいる?」
「三獣士を連れてこの街に向かっている。明日には到着予定とのことだ」
「いや、待て。三獣士を連れてとは? それは三人全員と言う意味か?」
「ああ、その通りだ。三獣士を全員引き連れて向かっているらしい」
俺はケロッグ子爵の言葉に頭を抱える。王国の魔女が擁する三銃士。それは冒険者としてもS級の実力者達だ。一人で一軍を凌駕すると言われている。
そんな戦力を全て揃えて何をする気だ? まさかアンデルセンの街を滅ぼす気なのか?
まあ、流石にそれは無いか。奴とて魔晶石の有用さは理解している。その唯一の産出地を潰すのは、奴にとってデメリットしか無いはずだ。
「時にグリム。お前達なら三獣士と渡り合えるか?」
「正直、わからん。だが、厳しいだろうとは思う……」
俺は背後のペローナとアリスを見る。二人は緊張した面持ちで、俺の事を見つめていた。
二人は共にA級冒険者。ランクで言えば三獣士に劣っているが、俺の予想ではA級の中では頭一つ抜きん出ている。
S級に届くポテンシャルは持っている。だが、それでも渡り合うのは厳しいだろう。何せS級冒険者とは、いずれかのダンジョンを踏破した者に贈られる称号なのだから。
「ならば祈る他無いか……。魔女の目的が街に被害を及ぼさん事を……」
「ふん、愚かだな。祈りに意味等無い。それより魔女への対策を……」
この世に神は居ない。例え祈った所で、どこにも届く事は無い。それは無駄な行動でしか無いのだ。
今は少しでも対策を検討すべき。そう思う俺の背に、ペローナからの声が届く。
「いや、グリム。既に手遅れらしい……」
「何だと? 手遅れとは、どういう……」
――バリィィィンッ……!!!
激しい音に振り返ると、窓を突き破って何かが飛び込んで来た。それが銀色の鉄塊。よくよく見ると、フルプレートアーマーの人物が身を丸めた姿であった。
「邪魔ぁするぜぇ……!」
更にそれに続いて飛び込んでくる人物。そちらは白髪の大男。軽装の鎧を身に付けた、筋肉隆々の獣人である。
銀鎧の人物と、白髪の獣人が並んで窓の脇に立つ。すると、砕け散ったガラスが強風で吹き飛び、そこへと一人の人物が踏み込んで来た。
「クフフッ……。久しいなぁ、グリムゥゥゥ! 会いたかったぞぉぉぉ!」
俺達の前に歩み寄る一人の人物。それは黄金の髪をなびかせた美女。腰のくびれがハッキリ見える緑のドレスに、半透明な羽衣を纏った姿。
虹色の瞳と尖った耳が特徴的で、一度見た者は決して彼女を忘れる事が無い。何せその美しい顔は、醜悪な笑みで歪んでいるのだから。
「貴様、オズ! よくも約束を違えてくれたなっ!」
王立魔法研究所の所長にして、フェアリーテイル王国で最も力を持つ存在。彼女は俺の目の前に立つと、ニタリと笑って俺に告げた。
「勘違いをするなよ、グリム? 余が会いに来たのではない。お前が私の向かう先に居ただけの事だ」
「チッ、詭弁を弄するか……!」
確かにここはケロッグ子爵の屋敷。オズ自身は俺に会いに来た訳では無い。そういう意味では『俺に会いに来ない』と言う約束は破られていない。
俺が歯噛みをしていると、オズは視線をぐるりと回す。そして、ペローナを見つめて薄ら笑いを浮かべる。
「クフフッ、相変わらず美しい黒だ。そろそろ余の物にならないか?」
「誰が貴様の物になど……。私は貴様に仕える事など絶対にない……!」
ペローナの拒絶をオズは気にもしない。楽しそうにニタニタ笑いながら、その視線を隣へと向ける。
そこに立つのはアリスだ。怯えるアリスの姿を目にし、オズは蕩ける笑みでこう告げた。
「見事だ……。見事だぞ、グリム! これ程の至宝をよくぞ見出した! 余は彼女を所望する!」
「ふざけるなよ、オズ。今度こそ本気で、俺と事を構えるつもりか?」
俺は抑えた魔力を開放する。俺の魔力では彼女に対する威圧にはならない。けれど、震える空気の震動で俺の本気さは伝わるだろう。
だが、するっとオズの背後から一人の女性が身を現す。その女はオズを守る様に、両手の翼を広げて見せた。
「よいよい、ハーシー。グリムから手を出す事はあるまい。余も未来の夫と敵対する気は無い」
オズの言葉で女は広げた翼を閉じる。その鳥人種の獣人はペコリと頭を下げ、再びオズの背後へと引っ込んで行った。
俺は内心で歯噛みする。今の女が三人目の三獣士だろう。まったく気配を感じなかったのに、オズを守る時だけ魔力を開放して見せた。
その魔力量が俺に匹敵する物だったのだ。鎧と巨体の従者も侮れない。けれど、今の女が一番得体のしれない感触だった。
「さて、グリムよ。久々に顔を合わせたのだ。婚約者同士、楽しく語り合おうではないか?」
「黙れ、魔女め……。俺の話など聞く気が無いくせに……」
俺の言葉にオズは薄ら笑いを浮かべる。そのネットリした視線に、俺は激しい嫌悪感を抱く。
ただ、こいつの言葉には逆らうだけ無駄だ。こいつはあらゆる我儘を貫き通す。それだけの実力を有しているからである。
俺はこの世で最も会いたくない魔女と、久々に地獄の交流を持つ事となった。




