ケロッグ子爵
俺達は召集令に応じて領主の館を訪れた。アンデルセンの街はそれなりに栄えている。その領主の館も中々に広大な敷地を有している。
整えられた庭園を長々と歩き、俺達はようやく屋敷に着く。そして、美しいメイド達に出迎えられ、屋敷内を案内される。
「何だかとても、綺麗な所ですね……」
アリスは俺の背後を歩きながらポツリと漏らす。俺が視線を向けると、彼女はキョロキョロと廊下の装飾品を眺めていた。
「領主の趣味だ。まあ、美的センスは確かだな」
俺の説明にヘイゼルは苦笑し、ペローナは鼻で笑う。そんな二人の態度に、アリスは不思議そうに首を傾げる。
ただ、話はそこで終わりとなる。メイドに案内され、応接室へと到着したからだ。
「ご主人様、グリム様ご一行をお連れ致しました」
「ああ、構わん。入って貰ってくれ」
主の返事を耳にしたメイドが、木製の扉をそっと開く。そして、美しく飾られた応接室が目の前に広がる。
汚れ一つ無い壁に天井。ふかふかのカーペットに、真っ赤なカーテン。壁にはいくつもの絵画が掛けられている。
部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれ、いずれの品も一級品。かといって、成金趣味では無く、貴族としての品性を示す品々であった。
「うわぁ……」
背後のアリスが思わず声を漏らす。ただし、それは部屋の美しさに感動してでは無い。心のこもっていない、無感動な声であった。
その原因は窓際に立つ人物。ナヴィーン=ケロッグ子爵を目にしたからだろう。
「良く来てくれた、グリム。さあ、まずは腰を下ろしてくれ」
彼はにこやかに微笑み、俺にソファーを勧める。俺はその勧めに従って、彼に向かい合ってソファーに腰かける。
なお、アリスとペローナだけでなく、ヘイゼルも俺の背後に立つ。この場で領主と対等なのは、俺だけだと言う表れである。
「ほほう、彼女が例の? 確かに幼い姿だな……」
ケロッグ子爵はアリスに目を向け、にちゃりと笑う。背後でアリスの息を飲む気配を感じた。
俺は内心で息を吐く。ケロッグ子爵は彼は領主として有能で頭も良い。けれど、致命的な欠陥が一つだけあった。
――そう、非常に不細工なのだ……。
ヒキガエルを思わせる顔に、お腹の大きな豊満な体。ペローナをもってしても、生理的に無理と言わしめる程だ。
そのコンプレックスからか、美しい物に目が無い。非常に歪んだ心を隠し持つ、なんとも扱いにくい男であった。
そのせいもあって三十歳の子爵家当主は、未だに嫁が居ない。跡継ぎ問題に関して、密かな領民の心配事になっていたりする。
「そんな事よりも要件は何だ? お前は俺に何を望む?」
「ふっ、相変わらずだな? そういう所は嫌いではない」
何故だか満足そうに頷くケロッグ子爵。彼は俺よりも年上で、立場も貴族である。本来ならば怒りを覚えて当然なのだ。
しかし、彼は俺の淡々と応じる姿を気に入っている。嬉しそうに笑みを浮かべると、身を乗り出して俺に問い掛けて来た。
「魔女の目的について察しは付いているな?」
「気が変わって、俺に会いに来たんだろう?」
魔女と俺の間には密約がある。王立魔法研究所へ魔晶石を納品する限り、俺の元へと会いに来ないと言う約束である。
しかし、案の定と言うべきか、魔女は約束を違えた。気まぐれな魔女が、いつまでも約束を守るとは思っていなかったがな……。
「グリムにしては察しが悪い。このタイミングだぞ?」
「何だと? それ以外に何の理由があると言うのだ?」
俺は眉を顰める。訝し気なケロッグ子爵の視線に不快感を感じていた。
ただ、こいつは決して馬鹿では無い。根拠も無くそんな事を言うとは思えなかった。
「今回の目的は、間違いなくそこの白兎だろ?」
「アリスが目的だと? そんな訳が無いだろう」
アリスと出会って一月程か? 王都との距離を考えると、魔女の耳には入っても、行動を起こすとは考えにくい。
俺が獣人奴隷を手にしたからと、それだけで国の重鎮たる彼女が、重い腰を上げるとは思えないのだ。
「……グリム、目を逸らしてるのか? それとも魔女の執着を甘く見てるのか?」
ケロッグ子爵の言葉に、俺はゾワリを悪寒が走る。『魔女の執着』と言う言葉に、俺の心が全力で拒否感を示していた。
「魔女の目は常にお前に向いている。白兎がA級申請した事も、既に知られていると思うべきだ」
「お、愚かな……。そんな、愚かなことが……」
――無いとは言い切れない……。
あの魔女の魔法は俺を凌駕する。俺に気付かれずに、俺を監視するくらいはするかもしれない。
ならば、俺が育てアリスに興味を持つかもしれない。アリスを徹底的に調べる為に、自ら足を運ぶかもしれない。
「まさかグリムが、そこまで感情的になるとはな……。やはり、あのヌルヌルは……」
「おい、止めろ! それを口にするな!」
俺は魔女の悪行を思い出し、恐怖によって身を震わせる。そして、あの悪夢が再来するのかと、俺は戦慄して背後を振り返る。
俺と視線が合ったアリスは、青い顔で涙目となっていた。その隣ではペローナも、トラウマからか涙目で身を震わせていた。
――最悪だ……。本当に最悪だ……。
王国の魔女に関わってしまったこと。それこそが、俺の人生で最大の過ちだったのだろう……。




