メイド服は戦闘服
朝食を食べ終わり、一息ついた俺達。すると、グレーテルが俺へと問いかけて来た。
「アリスちゃんを、お店に案内したいんだけど。これから連れてっても良いかな?」
「店とはヘンゼルの店か? まあ、その程度の距離なら問題無いだろう」
ヘンゼルの店は俺の家から近い距離にある。アリスの足でも30分あれば着くはずだ。
アリスは回復しきって無いが、リハビリと思えば悪くは無い。それにヘンゼルの店には、何かと足を運ぶ機会が多いだろうからな。
「……いや、待て。メイド服を着せると言ったな。そいつを寄越せ」
「寄越せって、何する気? エッチな細工じゃないでしょうね?」
グレーテルの言葉にアリスの顔が真っ赤になる。俺は痛む頭を抱え、大きく息を吐く。
「愚かだな。俺がそんな無駄な機能を付けると思うか?」
「う~ん、思わないけどさ……。メイド服をどうする気?」
グレーテルはリュックからメイド服を取り出す。そして、怪訝な表情を浮かべ、三着全てを俺へと手渡した。
「アリスは脆弱だ。ナイフで刺されただけでも簡単に死にそうだからな」
「あのね、グリムさん。アリスちゃんじゃなくても普通は死ぬからね?」
こいつは一々面倒な奴だな。ナイフで刺されても、普通はすぐに死ぬ訳では無い。大抵は治癒が間に合う。
だが、今のアリスは血が足りない。少しの出血で死ぬ可能性がある。そんな事は少し考えればわかるだろうに……。
「兎に角、メイド服を強化する。最低限の自衛機能を付けてやる」
「えっ、待って……? メイド服を魔道具化するつもりなの……?!」
驚きで飛び上がるグレーテル。そんな彼女の態度を、ポカンと見つめるアリス。
何やら誤解があるらしい。俺はやれやれと首を振って説明してやる。
「そんな大層な物じゃない。ミスリルの粉でコーティングし、魔法付与を行うだけだ。魔道具の様に長持ちするものでは無く、半年もすれば効果が落ちる処置だ」
「確かに魔道具じゃない……のかな? う~ん……。私じゃ判断付かないや……」
確かにグレーテルは商人では無いからな。あくまでも、兄のヘンゼルを手伝うだけの娘だ。
正しい価値を知るはずもない。詐欺でも働くつもりが無ければ、これを魔道具として売る事は出来ないのだ。
「……えっと、その処置ってどのくらいで終わる?」
「一時間も必要無い。一着は十分で終わらせてやる」
少し手間なのは、ミスリルの粉を服に馴染ませる処理だ。ここの手を抜くと、簡単に剥がれて長持ちしない。
しかし、それとて正しい手順さえ踏めば、十分程度で完了する。後は出来上がった素材に、必要な魔法を付与するだけである。
俺の説明にホッと息を吐くグレーテル。そして、ニコニコ笑いながら俺へと告げる。
「アリスちゃんの為だもんね! しっかりとお願いね♪」
「貴様に言われるまでもない。アリスは俺の物だからな」
「えっ……?」
何故だかアリスが、俺を不思議そうに見上げている。何をそんなに不思議がっているのだろうか?
「何だ、アリス。言いたい事があれば言え」
「あ、えっと……。私の為に、手間を掛けるのですか……?」
「愚問だな。アリスを最高の状態に仕上げるのは、俺の務めだろう?」
料理人が刃こぼれした包丁を使うだろうか? 一流の冒険者が武器の手入れを怠るだろうか?
そんな馬鹿な真似はしない。プロであるならどんな職であれ、道具の管理は基本中の基本だ。
俺が不良品を扱うなんて事は有り得ない。アリスに仕事をさせるなら、最高の状態に仕上げてからだ。
ただ、それだけの話だと言うのに、アリスはポロポロと涙を零す。
「ありがとう、ございます……。ありがとう……ございます……」
「何故泣く? 愚者の考えは俺にはわからんな……」
俺が首を傾げていると、グレーテルが動き出す。アリスをギュッと抱きしめると、俺に対して笑顔で告げる。
「アリスちゃんの事は私に任せて! グリムさんは、メイド服をお願いね♪」
「ああ、わかった。適材適所と言う奴だな」
俺にはアリスの事がわからない。それが奴隷だからか、獣人だからか……。
いや、そもそもが他人であれば誰も同じか。俺は他者の考えに興味が無いのだ。
だから、グレーテルがそれを担うと言うなら任せる。それが最も効率的だからである。
そして、俺は俺で得意な事をする。魔法を扱わせれば、俺は誰にも負けない自信があるからな。
「では、十分後に戻る」
「うん、わかったよ!」
俺は工房用の部屋へと向かう。グレーテルとアリスをダイニングに残して。
そして、俺は俺の成すべき事を成す。いつも通りに必要な事を、ただ淡々とこなして行く。




