プロローグ
新作を連載させて頂きます。
一話一話を少々短めにして、毎日更新に挑戦します!
俺の名はグリム。種族は人間で年齢は18歳。生まれながらの天才にして、この世で唯一無二の賢者である。
幼少期は神童と周囲に持て囃されたが、俺は10歳になる頃に気付いてしまう。周囲の大人達が、余りにも愚かな存在なのだと。
目の前の快楽に負け、先を考えた行動を取れない。楽な道ばかりを選んで、より効率的道を模索しようとしない。
実に愚かな生き方である。俺の知る限りでは、賢く生きている者は皆無。人類は等しく愚かな生き物であった。
その為、俺は10歳にして家を出て、一人で生きる道を選ぶ。必要な物は全て自分で揃え、誰にも口出しされない生き方を選んだのだ。
幸いにして俺は魔力適性が高く、大抵の事は魔法で何とかなった。野盗だろうが魔物だろうが、簡単に屠るだけの力を持っていた。
そして、俺は更なる見聞を広める為に、冒険者になる道を選んだ。俺の知らない知識を求め、より賢く生きる事こそが俺の生きる意味だからだ。
――それだと言うのに、少々厄介な問題が発生した。
俺の所属する冒険者パーティーのリーダーから、今後について相談を持ち掛けられたのである。
「率直に言います。俺達のパーティーから抜けて下さい!」
「ふぅ、ハインリヒ……。君は本当に愚かな人間だな……」
場所は冒険者ギルドの酒場。テーブル越しに向かい合う形で座るのは、体格の良い戦士であるハインリヒだ。
彼はパーティー『黄金宝珠』のリーダーである。その彼が、この俺に対して有り得ない事を口走っている。
「俺こそがこのパーティーの要。俺が抜ければ『黄金宝珠』はAランクを維持出来ない。下手をすればCランク以下へと降格するぞ?」
「そんな事はわかっています! それでも、俺はもう耐えられないんです!」
ハインリヒは愚かな男だ。俺には愚か者の考えが理解出来なかった。
俺は大きく嘆息する。そして、眼鏡をクイッと押し上げ、彼を冷たく睨み付ける。
「お前は出会った頃に、一流の冒険者になりたいと言ったな? 今のAランクこそが一流冒険者だ。夢が叶ったと言うのに、自らのその地位を手放すのか?」
「俺の夢は英雄みたいに活躍する事です! 雑用係や、クレーム処理係になる事では無いんですよ!」
確かに雑務は全て丸投げしている。もう一人の仲間は盗賊で情報取集がメイン。書類関係はハインリヒが担当となっている。
とはいえ、そんな事は些細な事だ。彼が望む英雄の様な活躍だって出来ているのだから。
「先日はドラゴンの首を斬っただろう。それでは不満だと言うのか?」
「魔法で身動きとれなくしての事じゃないですか! あんなまな板の上の鯉状態じゃ、活躍したなんて言える訳ないでしょ!」
まな板の鯉を調理するのも仕事の一つだ。それがドラゴンに置き換わったに過ぎない。
やはり、俺には愚か者の考えはわからない。やれやれと首を振ると、ハインリヒは涙目で訴えかけて来た。
「それだけなら、まだ我慢も出来ますよ? けど、依頼主の貴族に喧嘩売っちゃダメでしょ! そのせいで俺は、昨日まで1か月間も投獄されてたんですよ!」
「ああ、あれは実に愚かな貴族だったな。真実を口にしただけで、まさかパーティーリーダーを捕縛するとは思わなかった」
名はケロッグ子爵と言い、このアンデルセンの街を治める領主でもある。カエルの如き醜い顔であるのに、煌びやかな装飾品を求めていたのだ。
指定のダンジョンへ潜れば、望みの宝石も入手は可能。しかし、そんな物で身を飾った所で、顔の醜さは隠せないと言っただけである。
それでハインリヒが捕えられ、1ヵ月も活動が停止してしまった。何とも迷惑な話である。
「そういう訳で、グリムさんにはパーティーを抜けて貰います。そして、俺達『黄金宝珠』は、新しく再出発する予定です」
「愚かだな、ハインリヒ。新たな仲間と再出発しようとも、もはやAランクへ返り咲く事は出来ないぞ?」
先程も言った通り、パーティーの要はこの俺だ。討伐も採掘も調査も、俺の魔法抜きではAランクの成果を出せるはずが無い。
それだと言うのに、ハインリヒは困った様子で顔を歪める。そして、同情的な眼差しで俺へと問いかけて来た。
「俺はもう良いんです。Aランクで無くても。ただ、グリムさんはどうするんですか? 言い難いですが、グリムさんとパーティー組みたがる人は誰もいませんよ?」
「愚かな事を言うな。この俺とパーティーを組みたい者など、探せばいくらでも……」
だが、俺はふと視線に気付いて周囲を見る。多数の冒険者達が俺達の会話に聞き耳を立てていた。
しかし、その全員が慌てて俺から視線を逸らす。ギルド内の全員が、必死に気配を消そうとしていた。
「御覧の通り、グリムさんの悪名を知らぬ冒険者はいません。Aランクとしての名声と共に、その悪名が国中に広まっていますので」
「悪名だと? チッ、これだから愚か者共は……」
俺に関する悪い噂が世に広まっているのだろう。噂には尾ひれが付くもの。やってもいない悪行まで、人々の口で語られているのだ。
忌々しい事だが、俺は現状を理解した。そして、ハインリヒを睨み付ける。
「ふん、それで本当の要求は何だ? 俺を脅して何を何を譲歩させたい?」
「いえ、そんなものはありません。俺は本当に再出発したいだけなんです」
ハインリヒは悲しそうな顔で席を立つ。そして、俺に対してすっと頭を下げた。
「今までお世話になりました。グリムさんもまあ、頑張って下さい」
「お、おい……。いや、ちょっと待て……!」
しかし、ハインリヒは無言でその場を立ち去る。俺はギルドから出て行くその背中を、呆然と一人で眺め続けた。