第1章 事件発生!メロンパンの異変
朝の商店街は、いつもと変わらぬ穏やかな空気に包まれていた。休日の今日は、通勤・通学の人々が居ない分、少し寂しい雰囲気もあったが、、八百屋の店主が威勢よく「今日の大根、甘いよ!」と叫び、魚屋の氷がカランと音を立てる。
そんな中、一人の老人がゆっくりとした足取りでパン屋「ベーカリー拓哉」の前に立った。杏子の祖父である。
「さて、今日も至高のメロンパンをいただくとするかのう」
そう呟きながら、戸を引いて店の中に入る。おじいちゃんはこの店のメロンパンをこよなく愛していた。特に、外はカリカリ、中はふわふわという黄金バランスがたまらない。毎朝、散歩がてらここに立ち寄り、コーヒーとともにメロンパンを味わうのが日課だった。
「おはようございます、おじいちゃん」
カウンターの奥から顔を出したのは、店主の拓哉店長だ。20代の爽やかな青年で、パン作りに情熱を燃やす職人気質の男である。
「拓哉くん、おはよう。いつものメロンパンを一つ頼むよ」
「はい、どうぞ!」
慣れた手つきで袋に詰められたメロンパンがカウンターに置かれる。おじいちゃんは受け取り、その場で袋を開けると、じっとパンを見つめた。
——ん? なんだか今日は少し様子が違うような……?
おじいちゃんの勘が警鐘を鳴らす。慎重にメロンパンを持ち上げると、指先にいつもの「カリッ」とした感触がない。まるで優しく握っただけで崩れそうなほど、しっとりと柔らかい。
「……な、なんじゃこりゃあ」
メロンパンに触れた指先を見ながら叫ぶ。
憧れている松田優作さんの真似を思いっきりして、それはそれで気持ちよさそうではあった。
眉をひそめながら、おじいちゃんは一口かじった。
——ふわっ……しっとり……!?
「カリカリが……ない!」
思わず叫びそうになるのをこらえ、ゴクリと飲み込む。確かに美味しい。しかし、いつもの「サクッ」とした歯ごたえが、どこにもない。
「拓哉くん、ちょっと、これはどういうことだ?」
カウンター越しに、じっと拓哉店長を見つめる。
「ああ、それですか」拓哉店長は笑顔で頷いた。「最近、ヘルシー志向の方が増えてきたので、しっとり系のメロンパンにリニューアルしたんですよ!」
「リニューアル……だと?」
おじいちゃんは呆然とした。
「はい!バターを減らして、牛乳と蜂蜜を加えて、より柔らかく仕上げました。今までのメロンパンよりもしっとりしてて、食べやすいんです!」
「いやいやいやいや!」
おじいちゃんは慌てて手を振った。
「メロンパンというのは、外側がカリッとしておらんといかんのじゃ!このサクサク感こそが至高なのに、それをなくすとは何事じゃ!」
「でも、最近はお客様からの評判もいいんですよ」
拓哉店長は全く悪びれる様子もなく、メロンパンの山を指さした。確かに、次々と客が訪れ、しっとりメロンパンを買っていく。
「ちょっと待ってくれ。つまりこれは——」
おじいちゃんは腕を組み、目を細めた。そして、何かをひらめいたように、拳を握りしめる。
「分かったぞ。これは……陰謀じゃ!」
「……は?」
拓哉店長がポカンとするのも無理はない。しかし、おじいちゃんは本気だった。
「サクサクメロンパンの文化を根絶やしにする、何者かの陰謀が進行しておる……!」
「いや、普通にレシピ変更しただけですよ?」
「違う!」おじいちゃんは杖を振り上げた。「拓哉くん、騙されておるぞ!お主もいつの間にか、メロンパンをしっとり化させる組織の手先になってしまっているのじゃ!」
「しっとり化させる組織……?」
「世界反メロンパン連盟の陰謀に違いない……!」
「そんな連盟いつできたんです?」
——その時だった。
カランカランッと店のドアが開き、杏子が店に入ってきた。
「おじいちゃん、朝から何騒いでるの?」
杏子はいつものことかと呆れながら、カウンターの前で杖を振り回すおじいちゃんを見つめた。
「ぱみゅ子!これは大変な事件なのじゃ!」
「また何か勝手に事件にしてるんでしょ」
「メロンパンが……サクサクを失ったんじゃ!」
「うん、それただの新作メロンパンでしょ?」
「違う!これは文化を根絶やしにする陰謀なのじゃ!」
杏子はため息をついた。
「で、また変な推理してるんでしょ?」
「変なとはなんじゃ!わしの勘は鋭いぞ!」
「前回、おまんじゅうの餡が減ったのを『和菓子マフィアの策略』って言ってたの誰だっけ?」
「……ぐぬぬ」
「あと、たい焼きのしっぽにあんこが入ってなかった時は、『たい焼き革命派の陰謀』って騒いだよね?」
「……そ、それは……」
おじいちゃんが口ごもる。杏子は呆れたように肩をすくめた。
「いい?メロンパンはただレシピが変わっただけなの。誰も陰謀なんて企んでないの。おじいちゃん、さっ、行くよ」
「ふむ……」
おじいちゃんは腕を組み、真剣な顔をした。しかし、次の瞬間、目をカッと見開く。
「待てよ……陰謀は巧妙に隠されているもの。そうか……裏で糸を引いている黒幕がいるに違いない!」
「おじいちゃん、ほんとに楽しそうね」
杏子は天を仰ぎ、頭を抱えた。
こうして、サクサク感を取り戻すための(無駄な)調査が始まるのであった——。
(第2章へ続く)