4 解呪
(……だからクレイス様は私のことをこんなにも気にかけて、色々なことをしてくれたのね)
こんな自分のためになぜだろうと思っていたが、自分がクレイスを庇って呪いを代わりに受けたから、クレイスは自分のために色々と手を尽くしてくれたのだ。花も、宝石も、楽しい時間も、全てはそのためだったのだ。
全てが腑に落ちて、ティアラはなんだかとてもすっきりとした気持ちになった。だが、その反面、なぜか心がチクチクと痛む。クレイスの気持ちが、純粋なものではなかったと知って、ティアラの心はなぜか悲しくなっていた。だが、そんな心とは裏腹に表情は無表情のままだ。
「ティアラ、誤解しないでほしい。俺が君のために色々としてきたのは、罪悪感のためじゃない。俺が、君を好ましく思っているのは純粋な気持ちからだよ」
「……そんな、気を遣わないでください。私は別段面白くもない、つまらないただの令嬢です。たとえ呪われていなかったとしても、それは変わらなかったと思います」
「気を遣ってなんかいない!それに、君を美しいと思ったのは呪いを受ける前からずっとだ」
(美しい?可愛らしさのかけらもない、こんな私が?)
無表情のままティアラがクレイスの顔をじっと見つめると、クレイスは瞳を逸らすことなくティアラを見つめ返す。
「君は俺を助けた時、良かったと言って俺に微笑んだんだ。その微笑みを見た時、俺は君を美しいと思った。自分のことよりも、俺がなんともなかったと知って嬉しそうに微笑む君の心があまりにも美しくて、俺は君から目が離せなかった。今でもそうだよ。誰がなんと言おうと、君を美しいと思っている」
(まだ子供だった私を、美しいと思ってくださったの……?それに、今もだなんて)
クレイスの言葉に、ティアラの胸は大きく高鳴った。今まで、美しいだなんて言われたことのなかったティアラは、クレイスの言葉を信じることができない。できないのに、どうしてか胸は弾んで嬉しい気持ちが沸き起こる。
「ティアラ、どうか俺に、君の呪いを解かせてくれ」
懇願するようなクレイスに、ティアラはどう返事をしていいのかわからない。
(呪いが解けるなら嬉しいけれど、やっぱり怖いわ……。でも、呪いが解けた方が、クレイス様も肩の荷が下りて楽になるかもしれない。その方が、クレイス様にとってもいいのかも)
自分なんかのために、ずっとクレイスは魔法の勉強に明け暮れ、筆頭魔術師になり、なったらなったでその後は国のために必死に働いているのだ。クレイスはクレイス自身のために何かをすることができていない。自分のせいで、クレイスの人生の時間を無駄にしてしまっているようで、ティアラは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「どうして、……君はどうしてそう思ってしまうのかな。俺は今までの時間を無駄だなんて思ったことは一度も無いよ。もう一度君の笑顔が見たくて、俺は今まで頑張ってこれたんだ。俺は君のためだけじゃなく、自分のために行動している。だから、君がそんな風に思う必要なんてない。それに」
ティアラの心を読んだクレイスは、ティアラの両手をぎゅっと握り締めてティアラの瞳を真剣にのぞき込む。紫水晶のような美しい瞳の奥には、炎のような熱さが見えていた。
「俺は呪いが解けた後も君の側にいたい。君とずっと一緒に生きていきたい。君が嫌がるならもちろん無理強いはしない、でも、俺は君を手放すつもりなんてないよ」
(クレイス様……)
「もう一度言うよ。俺に、君の呪いを解かせてほしい。呪いが解けた後、もしも君がどんな状態だったとしても、俺は君のそばから絶対に離れない。君を見捨てたり、見放したりもしない。ずっと一緒だ」
クレイスの言葉に、ティアラの心臓は大きく高鳴る。無表情だが、ティアラの頬はほんのりと赤く染まった。
「……わかりました。クレイス様、私の呪いを、解いてください。よろしくお願いします」
ティアラがそう言うと、クレイスは両目を大きく見開いてから嬉しそうに微笑む。それから、優しくティアラを抱きしめた。ふわりとしたあたかさと優しい香りに包まれて、ティアラは驚く。
(えっ、抱きしめられてる?)
華奢そうに見えるが実際は自分とは違う、男らしい体つきにティアラは驚き、心臓がドクドクと大きく鳴り響く。顔中に熱が全て集まったのではないかと思うほど顔が熱い。
「ティアラ、俺を助けてくれて、そして俺を信じてくれてありがとう」
そう言ってクレイスはティアラを優しく抱きしめると、体を離した。ティアラは驚いているがやはり無表情だ。でも、顔は真っ赤になっている。そんなティアラをクレイスは愛おしそうに見つめ、微笑む。
「それじゃ、始めるよ」