2 呪われた令嬢と筆頭魔術師
(本当に、婚約することになってしまったなんて……)
ティアラの目の前にはこの国筆頭魔術師のクレイスがいる。相変わらず美しい銀髪を風に靡かせ、紫水晶のようなキラキラした瞳でティアラを嬉しそうに見つめていた。
ティアラがカイザーに婚約破棄され、クレイスがティアラに婚約を申し込んだ日から、あれよあれよという間にクレイスからティアラの実家に正式に婚約の申込みの文書が届き、ティアラの両親はそれを読んで大喜びした。もちろん、断るという選択肢は皆無だ。
そんなわけで、今、ティアラはクレイスの屋敷に連れて来られ、コンサバトリーでお茶を飲んでいた。
「嬉しいな、君とこうして婚約して一緒に暮らせるだなんて」
「あの、本当にこれでよろしいのですか?私は本当につまらない女なのですが」
ティアラは戸惑っていたが、相変わらず無表情だ。だが、クレイスはそんなことは気にしていないようでずっとニコニコしている。
「いいんだよ、俺は君がつまらないだなんて思わない。むしろ楽しい子だと思っているよ」
(楽しい?私が?どうして?)
クレイスの言葉にティアラは心の底から驚いているが、やっぱり表情は変わらない。だが、クレイスはクスッと小さく、楽しそうに笑った。
「君に一つ謝らなければいけないことがあるんだ。俺は人の心が読める」
「……え?」
「と言っても、読心魔法は制限があるから、限られた条件でしか発動できない。今回の場合は、君に近づくために最低限の読心魔法を起動させたんだ」
(え?私の心が読めるの?……ということは、もしかして夜会の時にお腹が空いていたこともバレてる?)
「うん、そうだね。あんな状況でも悲しむより先に二人のことを気遣い、さらにはお腹が空いてオードブルやケーキに釘付けだった。だから君はつまらなくない、楽しい子だと思ったんだよ」
(えええええええええええ!?)
ティアラは無表情のまま心の中で絶叫する。すると、クレイスは大きな声で笑い出した。
「あはは!ごめん、笑うなんて失礼だね。でも、そんなに無表情なのに心の中では絶叫してるから、面白くて……君は本当に楽しい子だよ」
(うっ、そうだった、心が読まれているんだった……恥ずかしい!)
「ははは、って、本当にごめん。でも、そのおかげで君と俺はこうしてスムーズに会話することができている。君がどんなに無表情でも、俺は君が感情豊かだということを知っているんだ。どうだろう、婚約者になったことだし、君さえ良ければこの読心魔法をこのまま続けたいんだけどいいかな?もちろん、最低限という制約はかかったままだ」
クレイスの提案に、ティアラは両目を大きく見開く。だが、大きく見開いただけでやはり無表情だ。
(確かにクレイス様とは問題なく会話できてる、それに私と会話してこんなに楽しそうに笑う方は初めてだわ。制約があるのなら、別に問題はないのかもしれない。でも、制約があってもどのくらい心が読まれてしまうのかしら?)
「そうだな、今の会話くらいなら難なく読めるよ。でも、君が俺に心を読まれたくないということは読めない。それは君が無意識でもだ。モヤがかかったようにわからなくなる」
「なるほど。……そういうことでしたら、問題ありません。クレイス様がそれをお望みであれば、このまま魔法をかけたままで大丈夫です」
「ありがとう、これでこれからも君と楽しい会話ができるね。嬉しいな」
フフッと嬉しそうに笑うクレイスに、ティアラの心臓がなぜか少しだけ大きく鳴り響いた。だが、ティアラはなぜそんな風になるのかわからないし、相変わらず表情も変わらない。
ふと、向かいに座っていたクレイスが立ち上がり、ティアラに近づいて来た。そして、そっとティアラに手を伸ばす。
(え?)
すぐ近くにいるクレイスの手は、ティアラの髪の毛にそっと触れた。
「葉っぱがついていたよ。コンサバトリーだから、近くにあった観葉植物から落ちてきたのかもしれないね」
手に葉を掴みながら美しく微笑むクレイスを見て、ティアラは今度こそ心臓が大きく跳ね上がった。
(な、に?どうして心臓がドクドクと鳴っているの?)
「ドキッとした?」
「……え?」
「これからも、君の心をたくさん動かしてあげるよ。楽しみにしてて」
ティアラの耳元でクレイスがそっと囁いた。その囁きに、ティアラの胸がより一層大きく鳴り響く。クレイスはティアラの顔を見て妖艶に微笑み、自分の座っていた椅子にまた腰掛けた。 ガラス張りのコンサバトリーに差し込む日の光に照らされて、クレイスの銀髪の髪が美しく光っていた。