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1 婚約破棄と新しい出会い

「婚約する際に言っていた通り、心から愛する人ができた。君との婚約は破棄させてもらう」


 夜会の広場で、伯爵令嬢ティアラは婚約者の令息ガイザーにそう言われた。美しい金髪にペリドットの瞳の小柄で可愛らしい御令嬢が、ガイザーの腕の中で微笑んでいる。

 一方、婚約破棄を宣言されたティアラは艶やかで長く濃い紺色の髪に海のような深い青色の瞳で無表情、氷のような冷たい美しさはあるものの、可憐で可愛らしいとは言い難い。そんなティアラはジッとガイザーを見つめ、静かに口を開いた。


「……わかりました。謹んで婚約破棄をお受けします」


 何の感情も湧かないと言うような表情でそう言うティアラを、ガイザーは憎らしそうに見つめる。


「ふん、相変わらず無表情で可愛らしさのかけらもない、つまらない女だ。家を継ぐためとはいえ、いっときでも君のような令嬢と婚約しなければいけなかった俺の身にもなって欲しいものだ」

「ガイザー様、そんなことをいうのは可哀想ですわ。ティアラ様は幼い頃に呪いを受けて感情が表せなくなってしまったんですもの。ティアラ様のせいではありません」

「ああ、フィナ、君はなんて可愛らしくて心の優しい女性なんだ。君としか結婚は考えられないよ」

「ガイザー様ったら」


 ガイザーの腕の中でキャッキャっと嬉しそうにはしゃぐフィナは、一瞬ティアラを見てほくそ笑んだ。まるでティアラを馬鹿にしたような笑みだ。


(ああ、また始まった。これで何度目だったかしら)


 ティアラは成人して一年にも満たない十八歳だが、婚約破棄を言い渡されるのはこれが初めてではなかった。この国の貴族は成人してすぐ結婚相手を見つけないと家を継ぐことができない。ゆくゆくは家を継ぎたいが相手がいない令息が、とりあえずティアラに婚約を申込み、本当の結婚相手を見つけると婚約を破棄するのだ。

 婚約破棄を言い渡されるたびに、相手の女性がわざとティアラの肩を持つような言い方をして婚約者に媚びを売り、ティアラを馬鹿にしたような顔で見るのがお決まりになっている。


 ティアラはガイザーたちから視線を逸らし、近くにあったオードブルの並ぶテーブルをぼうっと見つめる。


(ガイザー様たち、私のことなんてどうでもいいから早く二人きりになればいいのに。そのほうがきっと楽しいはず。ああ、お腹が空いてしまったわ。あ、今日のオードブル、私の好きなものばかり!デザートもカラフルで可愛らしい、美味しそう)


「クスッ」


 近くで誰かがこらえた笑いを漏らす音が聞こえる。ティアラが真顔で視線を移すと、そこには二十代前半くらいの、美しい銀髪の髪に紫水晶のような瞳の見目麗しい男性がいた。魔術師のローブを羽織っていて、夜会では初めて見る顔だ。


「ああ、すまない、つい」


(つい?何が?)


 ティアラは内心驚いているが、表情筋が死んでいるので真顔のままその魔術師を見つめる。


「どうも、俺はこの国で魔術師をしているクレイス・シュタインだ」

「……初めまして。ティアラ・ガイアスと申します」


 クレイスの挨拶に、ティアラがドレスの両端を両手で軽く持ち上げ挨拶を返すと、クレイスはティアラを見て微笑む。


「やはり君は美しい人だね」

「……はい?」


(この人、何を言っているんだろう?私を美しいだなんて、揶揄っているのかしら)


 ティアラはものすごく戸惑っていた。無表情で愛想の全くない自分を美しいと言う人間なんて、今までどこにもいなかった。むしろ可愛げがないとか、つまらないとか、氷のように冷たいだとか言われている。美しいと言われるなんて初めてのことで、心臓はバクバクと鳴り響いていた。けれど、ティアラの表情は心とは反対に全く動くことがなく、ずっと無表情だ。 


「クレイス様!この国の筆頭魔術師ともあろう方がそんな愛想のない女に話しかけるなんて……しかも美しいだなんて冗談はおやめください!」

「あれ?君には彼女の美しさが理解できない?そうか、そういえば君はさっき彼女に婚約破棄を言い渡していたものね。残念だなぁ、こんなに美しいご令嬢をふってしまうだなんて」

「な、何をおっしゃってるんですか!久々に帰ってきたからって、悪ふざけも度が過ぎます。その女は呪いをかけられた悪しき女なんですよ。どんな時でも無表情なのです。しかも、自分だけが呪われたことに腹を立て、美しい令嬢を見ると執拗に嫌がらせをしているとか。こんな最低な悪女のどこが美しいんですか」


(今に始まったことじゃないけれど、人様の前でこうして大きな声ではっきりと言われると、やっぱり傷ついちゃうな。しかも、また根も葉もない噂を言われている)


 ティアラは誰かに嫌がらせをしたことは一度も無い。むしろ、呪われてからというもの、他人と関わることをやめていた。ガイザーの発言にティアラは心の中で悲しげにため息をつく。するとクレイスはふうん、と冷たい視線をガイザーに向けてからティアラへ視線を戻す。そして、にっこりと微笑んだ。


「無表情でも十分美しいだろう。それに、見た目だけではなく、君は彼女の心の美しさには目を向けたのかい?」

「こ、心、ですか?こんな表情のわからない女の心なんてわかるわけないでしょう。それに、呪いをかけられるような女の心が美しいはずがない」

「呪いをかけられたことを可哀想だと思わずに、そんな風に思うんだ?まぁ、でもそうやって彼女の美しさに気がつかないのなら君はそもそも何もわかっていないんだろうね。実に勿体無い」


 そう言って、クレイスはティアラの目の前に足を運んだ。そして、そっとティアラの片手を優しく掴み取る。


「ティアラ嬢、どうだろう、筆頭魔術師である俺と婚約してみませんか?俺なら、もしかしたらあなたの呪いを解くことができるかもしれない」

「……え?婚約?ですか?」

「そう。俺は君がとても気に入っている。君はさっき彼に婚約破棄されたばかりだったろう?俺と婚約することができる。近々君の家に正式に婚約の申し込みを文書で送るから、真剣に考えて見てくれないかな」


 周囲からは近くにいて会話を聞いていたご令嬢たちから悲鳴のような声が聞こえる。

 この国の筆頭魔術師であるクレイスはその美貌と地位からさまざまな身分のご令嬢たちに注目されている。実際にクレイスを狙うご令嬢や、近づくことができなくても遠くから憧れ続けるご令嬢がたくさんいるのだ。

 そして、ティアラとの婚約破棄を言い渡したカイザーもその隣にいる令嬢も、クレイスの言葉に驚いて口をあんぐりと開いている。


 そんな周囲の様子など気にする素振りも見せず、クレイスはティアラの手を持ち上げて、手の甲にそっとキスを落とした。


(えっ、何!?待って、何が起こっているの!?)


 ティアラは急なことに驚いているが、やはり表情は動かない。そんなティアラを見て、クレイスはフフッと優しく微笑んだ。




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