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第一話① 郊外にて

所用により時間を取れず間が開くのも悪い為、分割での投稿となります。

今後はもう少し頻度を上げていきます。

今後も不定期になりますがお読みいただければ幸いです。




「んっ…」

「ん、起きましたか?」


 少しずつ体の感覚が戻っていくような、意識が少しずつ現実に帰ってくる夢見心地の目覚めの中、声がかけられる。


 おかしな姿勢で寝ていたせいか凝り固まった腕をゆっくりと動かしながら目を擦り、目をゆっくりと開く。

寝起きのぼやける視界の中、誰かが自分を見下ろしていた。


「おはようございます、テンチョ。もう昼過ぎましたよ」


 眼前には自分を見下ろしてくるフードの少女。

人とは僅かに異なる口元の形状や伸びた動物性のひげが、彼女が半獣人であることを感じさせる。


「…起きたわ、昨日は割と寝れたはずなのだけれどね。」

「昨日も言ってた枕が違うって話ですか?」


 フードの少女が覗き込むのをやめると交代で太陽と月が覗き込んできた。


 晴天の空を切り裂いて広がる夜空から、月が淡い光と共に覗いていたが、その月光を掻き消す太陽の強い日差しが彼女の顔面に降り注ぎ、寝ていた少女はしかめっ面で顔を背ける。


「…違うわよ、枕じゃなくて寝具。

あんな安い布張りベッドじゃ少しも寝れないのよ。」

「だからって床にタオル敷いて寝てるのはヤバかったですよ?屋根のある野宿でしたよ、あんなの。」



 街道から外れた小高い丘の上を走る、一台の簡素な木製の荷車。

 風呂敷1枚程度の大きさの、前を行く馬も人もいないのに自走するそれには少量の荷物と二人の少女が乗っていた。


 片やフードを目深く被った、黒一色の獣人の少女。

片や黒髪に白いメッシュが入った、先の少女よりやや高身の少女。


 冒険者としては年若い二人だが、フードの少女は常に片手にナイフを持ち周囲警戒、起きたばかりの少女も頭を押さえながらももう片手は傍らに置かれていた魔術杖に手をかけており、冒険者としての経験は豊富に思える。


「あぁ~頭痛い…今どの辺にいる状況かしら。」

 硬い荷台で悪い寝方をし、縮こまった体を伸ばしながら立ち上がる白メッシュの少女。


 僅かに揺れる荷車の上で器用にバランスを取りながら立ち、体をねじって腰を鳴らす。


「さっき大橋との分岐路すぎたところです。

もうじきレフォンの街が見えてくる感じだと思うけど、まだ半日くらいはかかるかもしれませんね。」


「そう…あんま寝れなかったわね。やっぱり支店長室の布団が恋しいわ…荷物はもうレフォンについてる筈なんだけど。大丈夫かしら。」


「テンチョ、ふとん好きですね。あたしにはわからないけど…」


「布団いいわよ。畳めば場所とらないし、湯たんぽ使って足元も暖かくて…じゃない、店長はやめてってば。街に着けば商会幹部よ、今から慣れておいて。」


「あー、はい。了解です、アルヴァノ幹部どの。」


「なんか投げやりじゃない?」




 杖を持って眠たげな顔で荷台の上に立つ、黒髪白メッシュの少女。


 彼女こそアルヴァノ・エスハリック。

8年前に起きた転移者過激派集団「破滅の使徒」によるネクリア襲撃事件後、ほぼ壊滅したエスハリック商会を立て直した張本人。


 それだけでなく、勢力を増していた違法裏市場『マーケット』をまとめ上げ、商会の傘下に置き東商区の復興を主導した立役者でもある。



「ん~…やっぱり大通りは通らなくて正解だったわね。

そこかしこで輪廻のメイドっぽい人が警備してるし…ん、ちょい先で検問してるわ。

あれは輪廻じゃなくて神聖国の騎士共かしら。青白鎧とデカい旗。」


 未舗装の草原を走り、ガタガタと揺れる荷台の上でバランスを取りながら額に手を当てて遠方を眺める。


「神聖国は放置するとして、輪廻の人なら良くないですか?どうせ次期商会幹部のテンチョ、じゃなくてアルヴァノのこと迎えに来てるんでしょうし。」


「良いわけない。レンブの宿屋で聞いたでしょ。

『エスハリック商会長の一人娘が帰郷』だの

『ネクリア再興隊長が幹部就任』だの好き放題言ってた記者の謳い文句。

馬鹿正直に迎えられてみなさいよ。大袈裟な凱旋の歓迎、神聖国やら賊やらに見られるだけじゃなく、レフォンの敵対組織からの暗殺まで在り得るのよ?」


「まぁ、無い話じゃないですけど…ネクリアじゃないんだから心配しすぎじゃないですか?」


「仮にも発展途中の都市、スラムもあればマフィアもいるらしいし…警戒するに越したことはないでしょ。

治安維持隊なんて転移者相手じゃ殆ど役に立たないんだから、自分の身は自分で守るわ。」



 メイド服もどきの女性が冒険者の一団に紛れていたり、執事服の男性が草むらや休憩所などで隠れているのが見えた。


 「輪廻」と呼ばれる組織であり、万能出張メイドサービスを銘打っている大陸有数の大組織。


 大陸における警察組織である、治安維持隊とも提携しており、街道における警備も担当していることが多い。


「あんまり目立たないでくださいよ、隠匿魔術も万能じゃないんですから。」

「その隠匿術式作ったのは先週の私よ。限界値くらい把握してるわ。

…検問まではちょっと見えにくいわね…流石に遠いわ。

黒鼠、ちょっと速度を落としてちょうだい。」


 受け答えをしながらポケットから革手袋を取り出して片手に装着、その手で再度額に手を当てる。

すると手袋に刻まれた魔術陣の紋様が光り、手のひらすぐ下の空間がわずかに歪む。

その歪みを利用してそれを遠眼鏡のように用いて、遠くを再度見通す。


 この手袋は魔術を刻み込んだ道具であり、通称『魔道具』と呼ばれるようなこう言ったちょっと便利な道具から、魔力を蓄えて使用するような機械道具、『魔導機』まで取り扱うのがエスハリック商会。


 黒鼠と呼ばれた少女は荷車の中央に置かれていた木箱を開けて、中の操作盤で調整する。


 一見何かしらの魔術で動いているように見える簡素な荷車は、簡易的ながら魔導機による機械制御がされていた。



「あ~…んん?ひのみのいの…どうも騎士団連中の人数が多いわね。

宿で聞いた話じゃここまでいなかったと思うけど、増援でも来てるのかしら?」


「まぁ、それならこっちの道通った甲斐あるじゃないですか。

あんなイカレ連中の検問なんて、何されるか分かったもんじゃない。」


 黒鼠の言葉を聞きながら検問の様子を盗み見続ける。


 街道のあちらこちらに神聖国の紋章が入ったテントが点在しており、その付近の道端で青と白の騎士甲冑が足早に通り過ぎようとする馬車の前に立ち塞がったり、剣や槍を用いて威嚇して馬車を止めている。


 ちょうど騎士に行く手を止められている馬車の主と思しき男が、文句を言う為か馬車を降りていくのが見えた。


 何か怒鳴っている様子で歩み寄っていくが、騎士は躊躇なく踏み込んで剣の柄を胸に突き出し、男が怯んだところを突き飛ばした。

そこを近くで待機していた他の騎士たちが取り押さえ、そのまま道端に設置されたテントの方へと引き摺っていく。男は抵抗していたが鎧姿の男数人の前では無力であり、テントの中への消えていった。


 そうして無人になった馬車の方は、数人で馬を無理やり誘導し、路肩に寄せて中身を物色している。


 その行いはおよそ正当な騎士団ではない、もはや賊やそういった部類の蛮行。


「だいたい、神聖国なんて言うけど、実際にゃ狂信者の洗脳王国だし。

仕事で何人か始末したら、どいつもこいつも口揃えて「神聖国最高!」とか言って自害。ほんと気持ち悪い。」


心底気分を害された様子で吐き捨てるように言う黒鼠。

過去に相当嫌な思いをしたらしく、わずかに身震いすらしていた。


「本国から離れると好き放題ね。ネクロマギアの縄張りだったし、ネクリアら辺じゃ見なかったけど、でも…似たような真似してた山賊は見かけたことあるわね。

あっちじゃ末端の山賊が大抵護衛の冒険者に返り討ちにされてたけど、護衛もいない商人相手だとこうなるのね。」


 覗くのをやめて手袋を外し、注視して疲れた目を押さえて深く溜息を吐く。


「…おっ、見えてきた。テン、じゃなかったアルヴァノ。

あれがレフォン大通り、今南部大陸じゃ大発展中の商業地区。あたしらの今後の活動拠点です。

んで、何よりご両親が待ってるとこ。8年ぶり?だっけ、ちゃんと会うのは。感動の再会ですね?」


 黒鼠が指差す方を見る。

目を開き、ややぼやける視界の中、焦点が定まるにつれて街の全体が見えてくる。



 レフォン大通りは平地の草原に作られた大きな商業通りで、中央を走る大きな十字路を中心に発展した町。


 二人側から見えている北部側の入り口真正面には威厳すら感じるほどの構えを取る巨大な正門があり、その向こうに平坦ながら入り組んだ石造りと木造の入り混じった町が広がっていた。


 アルヴァノの両親が運営するエスハリック商会はその町の中でも有数の大商会であり、大通りの発展に大きく貢献してきた。

その功績は絶大で、エスハリックの名は、この街では知らぬ者はいないほどである。


 アルヴァノはそんな商会を将来次ぐべく育ち、トラブルはあったもののこうして幹部就任のためにやってきていた。



「父様も母様も手紙や通信で連絡取れているから、あまり感動って感じではないわね。顔を見るのはずいぶん久しぶりだけれど。」


「まぁ、ここまでようやく着いたかって感じですね。」


「ほんとよ。予定じゃこんな小さい荷車じゃなかったし、こんな遅れるはずじゃなかったのに。」



 だが、その道中は予定以上に過酷な道のりだった。

荷車は最低限の荷物だけを積んでいたとはいえ、主な通りから外れて時には獣道や林道を進み、道なき道を進むには厄介な代物だった。


 倒木を乗り越えられず迂回し、ぬかるんだ土に車輪を取られ、人の気配を察知すれば進行を止め、夜は魔物や獣を警戒し、物陰に身を潜めながら慎重に行動するか、近隣の村で交渉して宿を取る。


 もともとネクリアから五日で到着する予定が、すでに一週間以上が経過していた。

商会へ定期連絡は入れているが、それでも心配するのが親というもの。


 商会の力で輪廻の捜索網を広げ、警備を増強してくれている…のだが、ありがたいことにそれが原因でさらに到着が遅れそうなのだった。




「…一応、今後の流れの確認をしておくわよ。人の目があったら話せないからね。」


 荷車の前側、黒鼠が腰かけている隣に腰を下ろして座り、話始める。

 声のトーンも少し下がり、真剣さが伝わってか黒鼠も周囲への警戒はそのままに目線をアルヴァノの方と向けた。


「私はエスハリック商会幹部として動くことになる。色々算段はあるけれど、まず間違いなく自由に動ける時間はしばらく取れない。

町に着いてから私が動けるようになるまでに、あなたは別行動して『墓』か『不死の眼』の手掛かりを探して。可能な限り交戦は避けてほしいけど、邪魔する相手は最悪始末して良いわ。」


 物騒な単語がいくつも出るが、黒鼠は眉一つ動かさずに話を聞き続ける。


「ただ、今のあなたが戦える時間はおそらく10分程度。それも呪い下しの服用下での話。

それを上回る戦闘行為…というより過度な運動は呪いの進行を早めるわ。忘れないで。」


 アルヴァノは黒鼠の臀部、すらりと伸びた鼠尻尾を見る。黒鼠も釣られて自分の尻尾を見た後、まるで忌むべきものを見たかのように不機嫌な表情になったのち小さく溜息を吐く。


「…自分の身体は自分が一番知ってます。醜い獣になるつもりもないから。」


「呪い下しの薬草は商会の力を利用してどうにか用意するから任せて。契約続行するかどうかは、それから決めていいわ。」


「心配せずとも今後も一緒に行く。今更また殺しと盗みは疲れるもの、テンチョ…じゃない、アルヴァノのバックやってた方が楽だもの。」


 呪い下しの薬草は、この大陸では非常に希少な薬草。

 一本で金貨数十枚の価値があり、あらゆる病を祓い怪我を癒し、超常的な存在である霊魂や呪詛といったものさえ打ち消す逸話を持つ奇跡の薬草。


 しかしその希少性に加え、年々発見数も減少傾向にあり、今や幻の薬草とまで言われている。


「そう言ってくれると助かるわ。あなたより信頼できる相手なんてそういないから…本題に戻るわ。

現状の予想じゃ『墓』の情報は恐らく掴めない。現状わたしも情報の出所自体、半信半疑だし。」


「…ネクロマギアが残した遺産、ね。」



 半年前に突如として報じられた、絶対的なほどの力を持って大陸中を恐怖で支配していた、不死王ネクロマギアの死。

 何度も蘇る不死王が、生まれ直しと呼ばれる再誕の儀式の際に神聖国によって襲撃され、本当に死亡したという。

 事実ネクロマギアが蘇ることはなく、神聖国はその一件以降調子付いていた。


 それから間も無く、二つの噂が大陸中に飛び交った。


 ひとつは、ネクロマギアが持っていた力の全ての結晶、手に入れたら膨大な力を手に入れられる『不死の眼』が、再誕術式が破損した影響で大陸中に撒き散らされた。


 こちらは既にいくつか観測されており、実際に魔物が取り込んで凄まじい力を持った脅威、『骸獣(がいじゅう)』となる事例が多発している。現状、人間が取り込んで無事に生きていた事例は0()()


 そしてもう一つは、ネクロマギアが各地に保存した、自分自身の技術や記憶を封じた『墓』の存在。


 しかしこちらはおよそ半年が経過してもなお発見例がなく、加えて不死の眼がもたらす骸獣の危険によって薄れ、吟遊詩人の世迷言として忘れ去られようとしていた。



「今じゃ骸獣にビビッて不死の眼を探してる輩も減って、墓の話すら忘れてる人がほとんどだけれどね。

でも、墓は実在するわ。私が保証する。

けれどどこにあるかは一切分からないし、何だったらレフォンにあるかどうかも分からない。」


 自身の頭を指でトントンと軽く叩きながら話し続けるアルヴァノ。

その目は真剣そのもので、与太話に便乗して儲けたい、といったような人間の顔ではなかった。


 黒鼠も何も言わずに聞き続ける。


「魔術師にとって研究の成果や術式の構築論は、心臓のようなもの。

構築論が分かれば術式の特定も解析も用意、術式が割れれば弱点は露呈する。

それをわざわざ他人の目に触れるような状況で保管するわけがないからね。

けど、ネクロマギアは全てに備えた。

完璧なはずの自分の失敗に、自身を陥れる他人の成功に。

全ての記憶を複製、分割して各地の墓に隠し、その墓すら隠した。

墓の場所を知るのは当時のネクロマギアと、その墓を任された各地の『墓守』だけ。」


「…墓守を探せってことですね。」

「そう言うこと。でもネクロマギアの味方の筈だから、今の私たちの敵の筈よ。

どうやってか復活したネクロマギアの抜け殻、オルトマギアはその記憶を求めてる。

恐らく再誕は失敗していて、無理やり何かしらの手段で蘇った。

記憶はその代償か、もしくは元々欠損していたのでしょうね。」



 神聖国によって討たれた不死王ネクロマギア。

首を落とされ、その首も神聖国の大広間の断頭台で聖剣によって裁きを受け、神聖国内にかなりの被害を出しながらも消滅した筈だった。


 しかしついひと月ほど前。


 突如としてその姿がネクリア周辺で確認された。


 すぐに噂は広まり、模倣体や他人の可能性もあったが、間もなく派遣された神聖国の調査隊が、ネクロマギアの本拠地である骸路の入り口前で迎え撃たれ、全滅。


 以前までと比べればかなり弱っているものの、それでも生前…という言い方は誤りだが、恐怖の象徴とまで謳われた怪物。並大抵の戦力で勝てるはずもなく。


 その後調査隊の死者を利用して神聖国を襲い、その夜に大々的に宣戦布告を行った。


『我が名はオルトマギア。

ネクロマギアを超え、神をも超える不死の王。

抗うも良い、従うも良い。

遠からずこの大陸は、我が物となる』


 このメッセージは大陸中の墓地という墓地から現れた死体が、各地の町で同時に宣言し、揃って腐肉を撒き散らして爆散した。


 これにより新生したネクロマギア、もといオルトマギアの存在が大きく知れ渡った。


「今はネク…オルトマギアが大嫌いな神聖国が、張り付いて警戒してるから迂闊に動いてこないけど。

時間経過で力を取り戻していくのは確実…完全に力を取り戻せば、恐らく記憶を求めて各地に直接出向いてくる。

もし墓で出くわそうもんなら勝てる訳がない、だから力を蓄えている今がチャンスなの。」


「そういう点じゃ、神聖国にゃ感謝ですね。

了解しました、情報収集はあたしが。」



 黒鼠はずっと片手に構えていたナイフを収め、体を捩って荷車の操作盤に手を伸ばす。

間も無く下り坂に差し掛かるため、際限なく速度が上がらないように速度調整のモジュールをパチパチと操作している。

そのまま顔を向けることなく、アルヴァノに話を続けた。


「…墓探しとか、裏向きのことは全部あたしがやっておくから。アルヴァノは商会幹部としてうまく動いて。

今まで通り、あなたがトップ、あたしがバック。

あなたが状況整えて、荒事はあたしがやる。」

「…ええ、今まで通りね。」


「けど、今後アルヴァノ・エスハリックは御令嬢で、商会の顔として生きなきゃなんない。

ネクリアは上層と下層が明確じゃなかったから、あなたが下層にいても別に平気だったけど外じゃ違う。

あたしみたいな日陰者と表立って接触すれば噂が立つ、噂は隙を生み、隙は実害を生む。

あたしは元々そういう実害を生む仕事をしてきた。今後はあまり会えないと思って下さい。

商会の令嬢と、後ろ暗い暗殺者じゃ身分が違いすぎるから。」


 黒鼠は操作する手を僅かに止め、目を伏せる。



「でも、私に何かあったら助けに来てくれるんでしょ?」


 あっけらかんと言い放つアルヴァノに面食らい、固まる黒鼠。

 思わず顔を見ると、アルヴァノは何も疑っていないかのような顔できょとんとしていた。


「周りがどうこう言おうと私の、アルヴァノの側近はあなた一人よ、黒鼠。」


 もはや疑問すらない信頼に、黒鼠は呆れを通り越して思わず笑ってしまう。


「にひひ!もちろん、すぐに駆けつけますよ。この命の恩、まだ返してませんから。

ヤバい時はいつだって助けをお呼び下さいね。ネクリアの死の影、黒鼠様が助けてあげます。」


 笑いながら近くにあった自身の装身具を引っ掴み、装着しながら荷車から飛び降りる。


「もうこの先の道は危険もないだろうから、この辺で神聖国と輪廻の調査してから向かいますね。

仮に何かあっても騎士の一人や二人、アルヴァノの敵じゃないでしょう?」


「ん、そうね。」


 アルヴァノの相槌に対し、にひっと笑みを浮かべて投げキッスの手振りをすると、崖の方へと人並外れた跳躍で姿を消す。


「ご武運を!幹部どの〜」



「全く、ああ言うことするから勘違いする奴が出るのよ…さて、と。」

 荷車に一人取り残されたアルヴァノは、大きく溜息を吐きながら空を仰ぎ見る。


 太陽が強く輝いているものの、ちょうど雲が重なってその眩さを緩和している。

ほぼ隣接する、切り裂かれた夜空で輝く月と、やや離れたところで光る真っ赤な星。

日中の星見という、慣れ親しんだ異常な文化をしながら、彼女は今後の対処への思考を始めた。


 町に入ってからの予定、商会での振る舞い、輪廻への外面、墓探しや不死の眼探しの計画…荒削りな考えはあるものの、不確定要素が次々に乱入して計画の立て直しが多発している。



「…とりあえず、やっとスタート地点って感じですね。」


 誰もいない筈の荷台の上で、誰かに話しかけるかのように喋り始めるアルヴァノ。

目線は宙に。そこには何もおらず、独り言のように。


「…ええ、わかってます。今の私はまだまだ弱い。

不死の眼一つじゃ、足りません。」


 しかし誰かの受け答えがあるかのように話し始め、遥か彼方の空の裂け目、その先にある赤い星へと手を伸ばす。


「もっと集めて、全て手に入れて、取り戻します。私を、あなたを、失ったもの全てを。」


 伸ばした手を強く握りながら誰かに話す、宣誓に近いそれは、およそ年齢とは無相応な覚悟の重さを感じさせる。

もっと長い年月を重ねた者の、後悔、決意、そう言った部類の落ち着いた覚悟。


 握った拳を下げ、星を見上げたまま幾度か小さく頷いたりして相槌を打つ。


 まるで彼女だけが話せる相手と話をしているかのような動き。側から見れば異常者であるその所作さえ、その真剣さと先程までの健常さが、本当に誰かと話しているのだと錯覚させる。


「…大丈夫です。確証の無い轍は踏みません。

アルヴァノ・エスハリックとして生き、積み上げたものを使います。

この身体では、死霊魔術もそれに準ずる禁忌も使えませんから。

使うのは、死んだ時だけです。」


 側に置かれていた魔術杖に手を伸ばしながら、その視線は星を見続けている。

赤く光るその星は、他に光る数多の星を凌駕する輝きを放っていた。


「…ええ、分かってます。今後は夜だけ、ですね。

怪しまれたくはないですし。

とりあえず行動開始は明日からですね。着いたら本部に顔出して商区長に挨拶して、夜は歓迎会で潰れるでしょうから。

まあ朝から商会の内情にざっと目を通して午後から動きましょうか…」



 思考を巡らせ始めた矢先、ガタンと大きな音を立てて荷車が大きく揺れ、荷車の速度が上がり始める。


「あっ、はぁ!?」


 真剣だった表情が動揺によって大きく崩れ、想定外といった様子で周りを見回す。


 下り坂で速度が上がり切らないはずの荷車は見る見るうちに速度を上げて、周囲の景色を置き去りにしようとしている。


「待って待って待って!?あの子何してったの!?」


 先程までの落ち着いた様子は何処へやら、大慌てで上に載っている物を押さえている固定紐を引っ掴みながら、もう片手で操作盤の入った箱の蓋を乱暴に開け放つ。


 しかしモジュールは速度制限をしっかりと設定されており、黒鼠のいたずらや機器の故障ではなかった。

蓋を乱暴に閉め、側面の管理用パネルを力任せに外す。


 中には魔力充填用の結晶が入っていたが、魔力を使い切って無色透明となった結晶体があるのみ。

その結晶体も勢いよく転げ出てそのまま後ろへすっ飛んでいく。


「っこの、魔力切れとか冗談でしょ!?」


 ただ純粋に荷車を動かしていた魔力充填が切れ、全ての機能が停止していた。

予定外の迂回を繰り返した結果、到着よりもかなり早く魔力切れを起こしてしまったのだった。


 全てを魔術的動作に依存している改造の安荷車には、アナログ式のブレーキは搭載しておらず。

もはや荷車は暴走する列車のごとく速度を上げており、草原を駆ける獣の如く進んでいく。


 アルヴァノは魔導杖を荷物の中から引っこ抜くが、もはや魔術の構築や魔力の再充填などという悠長な時間は無かった。


 荷台の前面から地面に向けて杖を突き立て、土を捲り上げながら無理やり急制動をかけるが、荷物固定用のひもを掴んで身体を固定しながらの片手ではうまく行かず、僅かに進路がブレるのみ。


「黒鼠ぉ!ちょっと、助けて!ちょっとこれやばい!」


 悲痛な叫びを上げるも、誰も現れない。


 信頼する相棒は聞いていないのか、あるいは聞いていてあえて現れないのか。


 現れたとしても、次の瞬間にはアルヴァノの乗る荷車は遥か坂の下。


 アルヴァノはただ助けを求めながら必死で足掻くしかできないのだった。


「黒鼠ぉぉぉぉぉぉっ!!」


 隠匿魔術を貫通する、大通りにも僅かに聞こえるほどの大声が晴天の中、丘の向こうから消えていった。









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