バレンタイン(2)
「••••••起きて」
「んー」
「ほら、飼い主起きて」
「あと少しだけ」
「良いから早く起きる!」
ガバッ
「うわぁ!? 何するの。寒いじゃん布団剥がさないで」
「うるさい、起きない飼い主が悪い」
私はただ飼い主のこと起こしただけだし。
「今何時?」
「5時過ぎ」
「え、本当に早朝じゃん。張り切ってるね」
「べ、別に張り切って••••••る、かも」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほら、起きるよ。少ししたら出かける準備して」
「あともう少し寝る。お布団暖かい」
「ねえ。起きて飼い主」
ガバッ!
「また剥がされたー」
こんな感じで半ば強引に、椛に起こされた訳だが。
「それで、買い物だっけ?」
買い物って言っても、こんなに早朝から出たらスーパーなんて開店してないぞ。どうするんだろ。
「うん、コンビニなら24時間営業だし、そこで板チョコ買おう。多分バレンタインの日だから、コンビニも沢山仕入れてるはず」
「そんなことまで、ちゃんと考えてるんだな」
結構ガチだった。少し驚きさえあるけど、椛が楽しそうだしいいか。
「当然。私は天才。それくらい考えてる」
ここは相変わらずだな。
「すぐコンビニでチョコ買って帰るよ」
「わかったよ。じゃ、コンビニ行こっか」
コンビニに到着。
ウィーン
「お菓子コーナーは、あった」
うん、椛が言ってた通りたくさん板チョコが置いてあるけど、120円って少し高い気がするんだけど。コンビニ価格か。
「で、椛。これ何枚くらい買うの」
「うーん。どれくらい必要なんだろ」
「とりあえず、5枚くらい買う?」
「うん、じゃあ買って帰って、溶かしてからチョコの量見てみる。足りなそうだったら、飼い主買い出ししてね?」
「はいはい。パシリじゃないけど分かったよ」
「ふん。ありがと」
レジで店員に暖かい視線を向けられた気がするが、多分あれは気のせいじゃない。
我が家に帰宅。
「なあ椛、これってどれくらい温めればいいの」
「500wで1分半温めて」
「分かった」
ピッピッ
それにしても、チョコを溶かす時間なんて、なんで知ってるんだろ。
あ、今思い出したけど、チーズ買ってない。チーズもあげないとダメなのに。
「椛、少し出てくる。すぐ帰ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ピーピー
ガチャッ
やっぱり量が多めだからあんまり溶けてない。もう1分くらい温めて。
ピッピッ
んー、飼い主にあげるチョコ、どんな形にしようかな。ハートは、ダメ。そんなのダメ。四角とか丸はシンプルすぎるし。
あ、私をイメージして、ネズミの形のチョコ作ろう。上手くできるか分からないけど、やってみよう。飼い主驚くはず。
ピーピー
ガチャ
ちゃんと溶けてくれてた。ネズミの形だと丸とひし形の型。ちゃんとある。
何故か飼い主の家は、普段料理しない癖に、こういう小物と道具はしっかりしてる。お陰で助かってるけど。
「••••••」
ひし形の型に流し込んで、この状態で固まると角張った変な形になるから、角だけ少し丸く整形して••••••と。
「出来た」
我ながら上手くできたと思う。あとは、耳を作るために型に流し込んで••••••。
これで、あとは固めたらOK。
「飼い主遅いな」
すぐ帰ってくるって言ったけど、私がチョコを固める段階までしたのに全然帰ってこない。
「ただいまー」
「おかえり」
とか言ってたら帰ってきた。
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「あれ、もうすること終わったの」
「うん。完璧」
「早いね」
家に着いた頃にはもうチョコは型に流し込まれた状態で置かれていた。
ちなみに、なぜ帰るのが遅れたかと言うと、チーズ型の型を探していたからだ。だが当然、そんな珍しいものある訳もなく。アニメでよく見るような、三角のチーズと同じ形の型を買ってきた。
あとチーズ。
「飼い主も、チョコ作る?」
「もちろん。ちゃんと型買ってきた」
そうして型に流し込もうとするのだが。
「ちょっと飼い主、こぼれてるこぼれてる」
「あ! ほんとだ」
「またこぼれてる。もう、何してるの」
こんな感じで、何回かチョコをこぼした。自分の不器用さに少し悲しくなった。
だが、無事にチョコを流し込めた。今は常温で少し放置している。
どうやら、チョコは急速に冷蔵庫で固めようとしたら、品質が落ちるらしく、常温で少し置いてから冷蔵庫に入れるのがいいらしい。椛に教えてもらった。やっぱり天才かもしれない。
「じゃあ、しばらく時間経ったし、冷蔵庫で1時間冷やす」
「ふー、固まるのが楽しみだな」
今からしばらく暇だし、雑談をしよう。
「なあ椛、あのチョコってどんな形なの」
「秘密」
「そう言って、俺が見ようとしたら止めてきてたし」
その後も何回か見ようとして怒られた。
「うるさい。飼い主は、私がいいって言うまで冷蔵庫開けるの禁止」
「厳しい。そんなに恥ずかしいの」
「バッ!? そんなんじゃないから。完成するまでのお楽しみ。みたいな」
なるほど、それなら納得できる。
どうせ今暇だし、チーズでもあげよう。そうだ、そうしよう。
「椛、チーズ。欲しいって言ってただろ?」
「ありがとう。早速食べる」
ちなみに買ってきたのは、普通に市販で売られてる、加工済みのそのままでも美味しいやつだ。
「いただきます」
パクッ
「美味しい。飼い主も食べていいよ」
「え、マジ?」
「うん、一緒に食べよ」
一応椛へのプレゼントだったんだけど、でも、食べるか。朝ごはんも食べてないしな。
パクッ
「あ、美味い」
2人で食事を楽しんで、雑談をしていると。
ブーブーブー
「飼い主、スマホのタイマー鳴ってる」
「お、1時間経ったみたい」
「じゃあ、確認してみよう」
ガチャ
「おー、固まってるじゃん」
「うん、上手くできた」
ところでこれ、チョコが完全に固まっているが、簡単に型から外れるものなんだろうか。
「よし、出来た」
あ、とか言ってたらもう椛が型からチョコを外してた。仕事早いな。
でも、ひとつだけまだ型から外してないチョコがある。
「そのチョコは?」
「あ、飼い主、あっちの部屋行ってて。これは今から仕上げするから、まだ見ないで」
何だ、そういうことか。じゃあ隣の部屋に行くとしよう。
「了解」
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今からする仕上げというのは、チョコペンで顔を描くこと。ただ型にはめて、形だけのネズミだと面白くない。ちゃんと顔を描きたい。
絶対に失敗できない。集中しないと。
「••••••!」
「難しい」
なんとかミス無く順調に進んでるけど、かなり集中力を削られる。それに結構疲れる。
「ん、あと、少し」
出来た。可愛いのが描けた。チョコペンのチョコはすぐ固まるから、少し置いておけばもう大丈夫。これで、完成。
「飼い主、チョコ完成した」
「お、終わったの。結構頑張ってたみたいじゃん」
「うん、期待してていいよ」
「そっか、それは楽しみだな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「椛このチョコあげる。あまり上手じゃないけど」
「本当にね」
とか言ってるけど、うちの椛は、今結構ニヤニヤしてますけども。ええ、とても嬉しそうで、ただの可愛い女の子だよ。
「飼い主、ありがと」
「おう••••••」
やべえ、まともにプレゼントとか渡したことないから、こういう時反応に困る。
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「じゃあ、飼い主、あげる」
「これは、ネズミ?」
「うん、ネズミ」
飼い主がちゃんとネズミってわかってくれて良かった。これでネズミ以外で答えてたら、少し殴ってたかもしれない。
「早く受けとって!」
「あ、ごめん。ありがとう」
こういうの慣れてないから、正直すごく恥ずかしい。でも、それは飼い主も同じみたい。飼い主、嬉しそう。良かった。
早くチョコ、食べてみて欲しい。
「飼い主、そのチョコ食べて」
「え、今?」
「うん、私にちゃんと食べるとこ見せて。あと、感想ちょうだい」
「わ、わかった」
パキッ
「うん、美味しい。ネズミも可愛いし、崩れちゃったけど。でも一生の思い出になるねこれは」
「そう」
やった、成功、完璧。美味しいって言ってくれた。
はっ! いや、そんなに嬉しいわけじゃ、嬉しくなくも、ない。
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貰ったチョコの味は、食べたことがある、いつもの市販のチョコのはずだったのに。どこか、いつもより美味しい気がした。
「じゃあ、俺のも食べてよ」
「うん」
パキッ
「味は普通のチョコだね」
「そりゃ、市販のチョコ溶かして固めたやつだし」
「でも••••••」
「でも?」
「私は、市販のチョコよりこっちの方が好き」
こいつ、可愛い。もはやペットとか関係なく、普通に可愛いだろこの子。おっとすまない、いつもの発作が。
「そう、ならよかったよ。作った甲斐があったね」
「うん、私も」
さて、早朝から起きてチョコを作った訳だが、思ったよりすぐ完成したので、まだ朝だ。
「というか、俺ら早起きしすぎた気がする。チョコ作って、完成して、食べて。これやってまだ朝だよ」
「うん、それは私も思う。ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。今から何しようか」
「じゃあ今日は、私にずっと構って」
いつもより甘えてるな。これはこれで結構あり。というか、だいぶあり。
「良いよ。遊ぼうか」
「うん」
結局一日中、椛は離れなかった。バレンタインだからかな。