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「うざいわね!」
背中の傷から殺意で固めた棘を排出する。柔らかい体が串刺しにされ、ルシャは虚をつかれた──訳では無かった。
笑いをあげながら体が掻き消える。山伏式神は厄介だと、同じく体を再び闇に変えた。
相手は同じだ。何もかも同じ手を打てる。
多分ではあるが、頼りにしている触手も相殺されるだろう。
彼女は血でできている。こちらが闇に似たモノに満たされているように、本質は不確かでどんなに傷つけても再生する。だが、本体は必ずあるはずだ。
(核、魂はどこにあるの?!)
感覚を、全てを覆う闇と同化し探る。魂らしき灯火はどこにもない。ただ、何か違和感がある。
(闇を構成する余力が──)
いきなり体が人型に変幻し、頭を鷲掴みにされた。
「はーい。勝った。捕食者は私」
ルシャがニヤニヤとこちらを冷笑する。小馬鹿にして、顔を寄せてくる。
「貴方にはなくて、私にはあるものがある。もう分かったでしょ?こんな馬鹿げた小芝居しなくても」
「…貴方の魂はどこ」
「秘密。わざわざ教える能無しがいる?」
「…そう」
こちらを見あげている日照とリスがいる。慌てもせず、ただ棒立ちして待っている。それがやけに癇に障った。
暇を持て余してあるみたいで。
(私はそんなショボい奴じゃない!恐れ多い人食い魔よ!物見遊山されるほどの──)
(ん?あれは)
日照の首にかけられた勾玉。幻で見せられた『陰の勾玉』に形がそっくりだった。人界では獣型勾玉と呼ばれる物だと、知識は教えてくれる。
「…分かったわ。恐れ多くもかしこき…荒れ野の暴食魔神は…所詮そんじょそこらの魔と変わらなかったって。最期に母上へ別れを言わせて」
項垂れ、観念したと涙ぐむ。それを見たルシャはしばし思慮し、そうねと頷いた。自由になるや、闇が晴れ、禍々しいお堂が顕になる。
山伏式神は母と呼ばれる残骸の前に跪いた。
「掛けましくも畏き、伊邪那岐の大神。筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に──」
「ちょっとなに?」
予想外の言動をし始めたのを期にルシャは慌てた。「日照!」
「…。越久夜間の神奈備に坐山神さま、どうかこの私めにお力を」
日照が窘めようと近寄ってきた。「しめたっ!」
首飾りをもぎ取り、必死に祈る。
「助けて!山の女神!願いは叶えたわよ!」
「よくやったじゃないか。ヒツのお抱えから奪うとは…あたしもお前を見くびっていたよ」
瞼の裏にある闇に、童子式神の偽物がいた。その輪郭が揺らいだかと思えば妙齢の貴婦人に変化する。
あの女性を何度か荒れ野──蛇崩で目にした事がある。寂れた墳墓の前でひそやかに弔う、数少ない謎めいた来客だった。
「山の女神、初めて会った訳では無かったのね」
黄緑色の瞳が煌めいて夜を照らす。村の傾き沈もうとしていた太陽が逆行し、天に登り始めた。
「ああ。山伏からお前にかけられた呪いを解いてやろう」
そういうと、ふわりと猫っ毛の頭を撫でられる。
「アンタの供養を忘れていたね。すまなかった」
「え?」




