まやかしの万有
トンネル内に自らの容姿と同じくらいの子供が佇んでいた。
「貴方…」
見覚えのある顔に、山伏姿の魔は息を飲んだ。
「童子式神!生きていたのね!」
童子式神と呼ばれた生き物は返事もせず、銀色の毛並みをした何かの足をかじっている。
「何それ?おいしいの?」
駆け寄ってそれをみる。獣の足だ。
「私にもよこしなさいよ!」
「お前もそれを食うの?」
子供ではない、地の底から響くような声にドキリとした。
「貴方、童子式神ではないわね?!」
「ならお前は誰?」
「えっ、私は。そうね、荒れ野の暴食魔神よ!」
「それは人が名付けたものだろう?お前は何?」
「えーと」
困り果て、自らは石から生まれた名もない魔だと思い知らされる。
「いいじゃない!そんなの。魔に存在証明なんて必要ないわ」
「じゃあ、私もそんな者だ」
「何よ!卑屈なやつね。それよりその肉よこしなさいよ」
不気味な片足を奪い取るとかじりついた。
「え?ゅ」
目の前が暗転し、たくさんのガラス張りの空間が突如として現れる。
(私、変なのつかまされた…の?)
ガラス張り、たくさんの四角い空間が連なり、静寂に包まれている。中身は空で、山伏姿の魔は自分の位置を確認した。
箱の中、自分は閉じ込められている。
真っ暗な中に僅かな光を放つ透明な壁。壊してしまえば何か変わるのだろう。
破壊する気はない。
この未知の世界で破壊は多大な影響を及ぼすのだろう。
自分はたまにこのような、運命を変えてしまう不可思議な光景を目にする。
だからと言ってそれを特別視はしなかった。
魔はそんなものだからだ。
「童子式神!いるのでしょ!返事しなさいよ!」
しんとした空気に叫ぶ。返事は無い。
「知っているのよ、越久夜町はもうないって!」
「貴方が関係してるの?そうなのよね?」
「巫女式神はどこへ──」
「おめえは、山伏式神?久しぶりッス」
はるか遠い場所から声がした。どこにも彼の姿は見えない。
「どうしてソンナトコロにいるんですか?」
「私も分からないの」
「なるほど。なら、特別に返してあげましょう」
「えっ」
「その代わりに一つだけおめえに頼み事があります」
「ええ」
「おめえの魂を、あっしにくれ」
洞窟の底のない暗闇から彼は言った。山伏式神は戸惑う。魔なら普通の通りだろう。
だが、今はそれが末恐ろしく感じた。
「待って…私の魂は一つしかないわ…」
「はい」
「それって死ねって言っているようなものじゃない」
何があろうとも死ぬのは怖かった。
「そうですよ」
「じ、自力で帰るから!」
慌てふためきながらも彼女はガラスを割ろうとした。それが禁忌だと理解していても。
「では、約束しましたよ。山伏式神、頑張って下さいね」
視界が歪み、濃霧が立ち込め出す。
「ど、ど、童子式神、どこへ行ったの?童子式神ー!」
先ほどまで"いた"はずの童子式神は消えてしまっていた。あるのは犬の死体だけ。
「…幻だったのかしら」
トンネル内までに霧が侵入している。この霧は普通では無い。なら、幻くらい見ても不思議は無い。
霧の中を手探りで歩く。トンネルは意外と短く、直ぐに外に出た。
先程の立派な設備が施された国道ではなく、古い使われなくなった廃道に思えた。散らかった枯れ枝や枯葉を見やり、仕方なくガードレールを歩く。
「私はどこへ連れていかれるのかしら」
荒れ野にしかいなかったせいか、あまり外の景色を知らない。どこからか鳥のさえずりや獣の気配がした。
「知らない場所は好きじゃないわ」
何か看板があり、山伏式神はじっと見つめた。
『ようこそ。日仏村へ』
「あら…人間どもの文字が読めるなんて」
謎の足を食べたせいだろうか。
「ひ、ぶつむら?聞いた事ないわね」
人間の文化が変わるくらいは生きていたはずだが、このような名の村は聞いた事なかった。越久夜町からかなり遠いのだろうか。
渋々進んでいくと、何やら湖が見える。淀みのある陰鬱とした、変哲もない水溜まり。
「だむ?って奴じゃなさそう」
人間どもが作る大きなため池とは様相が異なり、まわりちらほら建物も見えた。
村のようだ。
「ん?」
林の中から視線がして、山伏式神はチラリとそちらを見やる。
子供がなにかを訴えたそうにこちらを見ていた。
しかしその子供から気配や存在感すら漂ってこず、まるで合成されているみたいだった。
あの存在は"住む世界が違う"。
山伏式神は困り果て、見なかった事にしようとした。
人ならざる者であるのは分かるが、少女は一定の距離から近づこうとしない。
「気味が悪い。ああいうの、たまにいるのよね」
早歩きでその場を去ると、道の真ん中で死体に出くわした。
不自然にミイラ化した死体には杭が刺さっている。これは人だ。
「見せしめ?」
人間どもがやっていた公開処刑に似ている。